22話:お父様!
父親が濁流渦巻く川に落ち、流された。
その時点で日没を迎えている。
「お父様の捜索に行くわ! 準備を!」
「落ち着いてくださいませ、お嬢様。もう夜です。今からフール村へ向かうには危険です」
フール村はここから馬車で2時間弱という場所で、そこまで遠い場所ではない。
ただ、そこへ至る道中に寂れた場所があるのだ。
「知らせをくれた上官が捜索部隊を編成し、すぐに現地へ向かうと聞いています。お嬢様は奥様と一緒に屋敷で待機してください」
ヘッドバトラーが冷静にそう言うけれど……。
母親は倒れてしまい、メイド達に自室へ運ばれている。
確かに無理を押して現地へ向かっても、私ができることは……ない。
それならば母親のそばについている方が、いいのかしら!?
「お嬢様。どうか気を落ち着かせてください。まず夜間の捜索にお嬢様は出ることができません。現地に着いても、すぐお休みになるしかないでしょう。それに村は水害の被害を受けた直後で、治安も万全とは言えません。今はお部屋にお戻りください」
ヘッドバトラーにそう説得されたが、何かできないかと気持ちは落ち着かない。
それでもひとまず自室へ戻ると、気を遣ったメイドがカモミールティーを届けてくれた。
いつもナイトティーとして飲んでいるものだ。カモミールはリラックス効果があると言われているハーブ。気持ちを静めてください――ということなのだろう。
使用人たちの気遣いはありがたい。
だが。
川に落ちたのだ。しかも平時の川ではない。大雨の後の、濁流状態の川に……。
父親は常日頃から体を鍛えている。並の男性より体力はあるだろう。しかも泳ぎもできると聞いていた。そうであっても……。日が没し、暗い川で……。
仮に川岸にまでたどり着いても、全身びしょ濡れで、火を焚くこともできないだろう。雹が降った時でさえ、涼しさを感じた。体は冷えるはずだ。しかも学院の敷地内の森とは違う。きっと周囲には獣だっている。
「お父様……」
過保護だなんて言ってしまったが、そんなことはない。
私を愛し、大切にしてくれる父親なのだ。
助かって欲しい。生きていて欲しい。
何か、何か私にできることはないの……!?
そこで慌ただしく扉がノックされ、ヘッドバトラーが駆けこんできた。
「お嬢様、ミルトン王太子殿下の使いが来ました。応接室へ通してあります!」
なぜ今、アレクの使者が……?
まさか告白の返事を聞きに来た!?
今はそれどころではないのに!
少しイラっとしながら応接室へ向かい、そこで使者の話を聞いた私は前言撤回だ。
アレクはこの地に滞在するにあたり、護衛の騎士だけではなく、万一に備え、沢山の兵士も連れてきている。その兵士と騎士を連れ、アレクはフール村へ向かった。
そう、アレクは父親の捜索のために、自身の部下を総動員してくれたのだ!
しかも既に出発した後。
迅速な動きだった。
なんて行動力なの!
これが未来の国王なのね……。
父親のために。
王太子であるアレク自らが、村まで出向いてくれるなんて。
感謝の気持ちしかない。
前世と違い、飛行機もドローンもないのだから、捜索活動は人が行うしかなかった。その場合は、数が物を言う。それを考えるとアレクが向かってくれた意味はとても大きい。
勿論、父親の部下達も今、動いてくれている。彼らとアレク達がきっと父親を見つけてくれるはず!
アレクの使者には何度も御礼を伝え、干し肉とドライフルーツを持たせた。彼はこれからフール村へと向かうというから、少しでも軽く携帯しやすい物として渡した形だ。
使者を見送ると、すぐに母親の部屋へ向かう。報告をしたかったが、ショックを受けた母親は寝込んでいたので、メイドに伝言を頼んだ。
なぜだか分からない。
だがアレクが動いたことで、父親は絶対に助かる……そんな気持ちになっていた。なぜならアレクはこの世界のメインキャラの一人であり、一番人気で完璧な王太子。彼が完璧でいるためには、捜索に向かった先で、父親を発見する必要がある。だから大丈夫、父親は見つかるはず!
そう期待が高まるが、明日に備え休もうとベッドで横になっても、眠ることなどできない。父親について考えるのを止めるのは無理な話で……。
それでも考えすぎて疲れ切り、まどろんでいた明け方。
知らせが届く。
「辺境伯、発見されました!」
この知らせに眠気は吹き飛び、急いでローズ色のワンピースに着替える。学校は休んで母親と二人、兵士と騎士を連れ、フール村へ向かうことにした。
母親は父親の無事を知った瞬間に生気を取り戻している。逆に私は馬車に乗り込むと、これで父親に会えるという安心感で、そのまま眠りこんでしまう。
「クリスティ、着いたわよ!」
ぐっすり眠り込んでいた私は、母親の声で目覚める。
窓からは村人が住む平屋の家が見えていた。
村長の屋敷の前で馬車が止まる。
村とはいえ、村長ともなると、小ぶりだが屋敷に住むことできた。領主や賓客を迎える宿の代わりも兼ねた屋敷だ。
母親と私は馬車を降り、すぐさま村長と対面した。
「アイゼン辺境伯は現在眠っている状態です。大怪我はありませんが、体のあちこちに怪我はあります。まだ詳しい状況の話は聞けていませんが、命に別状はありません!」
それを聞けて心底安心できた。
そうなるとすぐに父親の姿を見たくなる。
早速村長に客間に案内してもらう。
静かに扉を開き、母親と共に中に入る。
白いリネン類で統一された天蓋付きベッドに眠る父親の姿が見えた。
あちこちに包帯を巻いている姿に胸が痛む。
ただ、大怪我はないことだけが安心材料だった。
まだ眠っているとのことだったので、母親と二人、部屋から出ようとする。
だが。
「マリー? クリスティ?」
父親に呼ばれた私と母親は、歓喜の声をあげながら、ベッドへ駆け寄った。