2話:回避、回避、回避ーーーッ!
前世の記憶を持っていても、赤ん坊では何もできない。
そう思っていたけれど、そんなことはなかった。
まず、私が誕生した地。
そこはアイゼン辺境伯領。
領土の北東と北西には、万年雪が残るノースクロス連山が広がる緑豊かな領土だ。森が多く広がり、林業が盛ん。さらに年間を通じて狩猟が行われ、王都に比べると肉料理を平民でも楽しめた。それでいてアイゼン辺境伯である父親が屋敷を構える一帯は、王都に負けない地方都市であり、オペラハウスやアイゼン図書館、アカデミーや沢山のお店が揃っている。
それなのに。
悪役令嬢であるクリスティは、この辺境伯の地を田舎と考え、王都に憧れていた。
過去二回の人生では、辺境伯の地を飛び出し、王都へ向かうことを願う。
つまり王都にあるアイゼン辺境伯家のタウンハウスに住み、王立ミルトン学園に通いたいと父親に言いだすのだ。まだ十代の娘が、単身王都へ向かう。それはこの世界ではありえないこと。そもそも寄宿学校は令息向けしかなかった。地方領で暮らす令嬢が王都の学校に通うなら、親戚の貴族の屋敷へ身を寄せるのが通常のこと。それなのにクリスティがタウンハウスで暮らし、学園に通うことが許されたのは……。
父親に疎まれていたから!
悪役令嬢であるクリスティの二度の人生を振り返ると、同じ道を違うことなく歩み、バッドエンドを迎えていた。それはこんな感じ。
悪役令嬢は、生まれた時から悪役令嬢。
もう我が儘し放題なのだ。赤ん坊なのに腕力があるのか、気に入らないオモチャは投げて壊す。使用人に投げつけることだってある。ミルクも乳母のものは飲まない。母乳を求め、病弱だった母親に無理を強いる。母親としては、娘が母乳を求めているのだ。頑張りたくなってしまう。だが元々体が弱いのだ。無理は禁物だった。それなのに無理をさせ、さらに成長してからの私は、生意気と我が儘が加速する。おかげで心労がたたり、母親は若死にしてしまうのだ。
父親は、母親の死は娘のせいだと思っていた。それはそうだろう。親は幼い子供に振り回されても仕方ないと思うが、度を越していた。
父親は娘に対し、表立って何かするわけではない。だが彼女のことを嫌っていたのだ。だからこそ、うら若い一人娘が王都へ単身向かうことも、許可してしまうのだ!
しかしそんな父親の胸中など知らず、嬉々としてクリスティは、王都へ向かう。だがそれこそが悲劇の始まり。
なぜなら入学した学園で、クリスティは攻略対象やヒロインと出会うからだ。悲劇の未来が待っていることなど知らず、クリスティは王太子の婚約者となる。そして二年生の時に転校してきたヒロインに、王太子の心を奪われてしまうのだ。そこからはもう転落の人生。ヒロインを憎み、王太子の心を取り戻そうとして――。
回避、回避、回避ーーーッ! 王都にはいきませんよ、私は!
赤ん坊の頃から悪役令嬢。そうならないために、まさかの赤ん坊からの断罪回避行動がスタートする。一番の目標は、母親を若死にさせないこと! そのため、ちゃんと乳母のミルクを飲む。オモチャにも文句はつけません! オモチャを壊したり、使用人に投げつけたりもしない。
結果的に私は、とても育てやすい、おとなしく、お利巧さんな赤ん坊として成長することになる。
だが二度のクリスティの人生では、六歳になった時、とんでもない暴言を吐いている。お友達として紹介された令嬢達に対し。
それはこんな感じだ。
「クリスティ。今日は父さんの部下達の令嬢に遊びに来てもらった。皆、クリスティと年齢も近い。仲良くやってほしい」
この頃の父親はクリスティを避けるようにしていたが、貴族の慣習には従っていた。六歳になると、家庭教師をつける必要がある。そこから十五歳になるまで、家庭教師に勉強を習う。同時に。同年代やその前後の年齢の同性の子供を紹介し、友達を作るよう促す。それがこの世界の貴族達の慣習だった。
その日、庭園に用意されたお茶会の席に現れた令嬢は五人いた。皆、父親の部下の娘。彼女達から見ると、クリスティは女王様も同然だっただろう。なぜならクリスティの着ている服は赤で、腕を組み、彼女達を見下すような目で見ていたのだから……。
お茶会が始まると、まずは自己紹介だった。クリスティが最初に名乗り、順番に令嬢達が名乗っていく。その様子を眺めていたクリスティ。正直、話の内容など聞いていない。では何をしていたのか?
令嬢達が着ているドレスをじっくり見て、つけている宝飾品の値踏みをしていた。
一通りの自己紹介が終わると。
「ねえ、あなた。あなたのそれ、ちょうだい。あなたはそのブローチ。あなたはその髪飾り」
これには五人の令嬢は驚く。当然だ。だがクリスティは平然とこう言う。
「あなた達の親は、お父様の部下なのよ。お父様があなた達の親に、お金をはらっているの。元はお父様のお金。つまりあなた達の親は、お父様のお金でそのブローチも髪飾りもリボンを買ったのよ。そして私はお父様の娘なの。お父様のお金は、私のお金でもあるのよ。だからブローチも髪飾りもリボンも。私のお金で買ったということ。だから全部、私にちょうだいね」