18話:なかなか二人きりになれない件
降り出した雨は、最初から勢いがあり、しかも。
バチ、バチッ、バチと音がして、何かと思ったら!
雹まで降って来ていた。
突然の雨と雹で、みんな散り散りになり、逃げ場を探すことになった。
空は暗くなり、夕方のようだ。
「クリスティ、こっちへ。ここで雨宿りをしよう」
アレクが私の手を取り、駆け出す。
どこへ向かっているのかと思ったら、巨木に出来た穴……樹洞を見つけていたようだ。そこへ私に隠れるように言った。
樹洞の大きさは、私が体育座りして隠れることができるサイズ。身長もあるアレクでは、隠れることはできない。
私だけ申し訳ないなと思いつつ、サイズ的な問題だから、どうにもならなかった。
ということで樹洞に身を隠し、アレクは私のそばで腰を下ろした。
「立っているより、座った方が、雷の被害は少ないだろうからね」
言われると断続的に雷鳴も聞こえている。
激しい雨音の合間に、空も瞬間的に明るくなっていた。稲光だ。
この辺りは山が多く、特に初夏のような季節の変わり目は、天気の急変が起きやすい。ここ数日、晴天だったから、気を抜いていた。
このような天気の急変は短時間で終わることが多い。ただ山に近い場所は、いわゆるゲリラ豪雨状態になり、短時間でも被害が出るレベルなので、通り雨と侮れない。
「そう言えば、護衛の騎士の皆さんの姿が見えませんが……」
「どうだろう。でも近くにいると思う。それぞれ雨を回避しながら、見守ってくれているはずだよ。それともここに護衛の騎士がいた方が安心?」
「え?」
「僕と二人だけでは不安? これでもほら、木の枝があるから、一応戦えるよ」
ビックリした。
異性と二人きりで、不安を感じている?――と言われたと思い、ドキッとしてしまった。
「殿下が剣術の腕を磨いていること、知っています。よって不安ではありません。ただ、みんなどうしたのかと思っただけです」
そう話しているうちに、体がぶるっと震えていた。
雹が降るくらいだから、気温も低くなっている。
「……クリスティ、少しヒンヤリ感じるよね」
「そうですね……」
急いでここまで来たものの。
一切濡れずに済んだわけではない。
それに雹が下草を覆い、雪のように見える。
視覚的にも雪が降っているように思え、冷たさをなおのこと感じているのかもしれない。
「これも濡れているけど、僕の体温で少しは暖かいと思う。よかったら」
アレクは着ていたジャケットを脱ぎ、私に羽織るように言ってくれた。
ふわりと肩から羽織ると、爽やかなペパーミントがほのかに香る。
そして確かに体温が残っているようで、温かく感じた。
本当にアレクは親切。
レディを敬う文化がデフォルトの世界。これも当然の対応といえば、そうなのかもしれない。それでも咄嗟の事態に、自分のことしか考えられないこともあると思う。でもアレクは限りなく私のことを考え、心配してくれている気がした。
ドドン。
いきなり雷の音がして、思わず悲鳴を上げてしまう。するとアレクが私の手を握る。
「大丈夫だよ。稲妻が光ってから雷鳴が聞こえるまで、十秒以上かかっているから。ここから距離があるはずだ。落ち着いて」
そう、励ましてくれた。
その励ましより、私の手を握るアレクに驚いている。
それは急に手を握られたことに、驚いたわけではない。
アレクの手が、冷え切っていたのだ。
上着を脱いでシャツ一枚。
雨にだって濡れている。
樹洞にいる私と違い、今も雨は彼を濡らしている。
巨木の下は、雹を防ぎやすい。
でも雨水は葉を伝い、ぽつぽつと落ちてきていた。
「アレク王太子殿下。ジャケットは殿下が着た方がいいと思います」
私の言葉に、アレクは一瞬驚いたのか。
動きが止まったが、すぐにふわっと優しい笑顔になる。
「これでも日々、師匠に剣術を習い、筋肉もさらについた。筋肉があると体温も上がると思うんだ。大丈夫だよ」
「ですが……」
こんなに手が冷たくなっているのに。大丈夫……とは思えない。
「その顔は納得がいっていないようだね」
その通りなので、大きく頷く。
「ではこのまま手を握って、僕の手を温めてくれる?」
「……!」
この世界、未婚で恋人でも婚約者でもない男女が触れあうことは、好ましくないとされている。よってこんな風に手を握っていることは、本来ダメなことだ。でも今は緊急事態。それに温めるために、手を握るのだ。それならいいのではないか。
そう思う一方で、こんなことを思ってしまう。
「手を温めてくれる?」なんて、そう気軽に言えるもの?
アレクはもしかしたら、令嬢慣れしているのでは?
性格もよく、この容姿で、文武両道となれば、当然、モテるだろう。
だろう、ではない。モテる。
「いくらレディを敬うからと言って、一介の令嬢にこんな風に親切にしたり、そんなことを言ったりすると、勘違いされますよ」
思わず心の声が、口をついて出てしまっていた。
「勘違い? ……それはどんな勘違いかな、クリスティ?」
アレクは私を見て、とても嬉しそうにしている。
一方の私は「しまった」と、しどろもどろだ。
「そ、それは……」
「手を温めてなんて、クリスティにしか頼まないよ」
これは緊急事態!
心臓がドキッと反応していた。
アレクのことを強く意識している……。
まだ手をつないだままだし、なおのこと心身に影響が出ていた。
「……本当はこんな場所で話すつもりはなかった。でもクリスティとはなかなか二人きりになれない。だからこれは……都合がいいかもしれないな」
二人きりになれない……それは私が望んだことであり、父親もまた望んだことだ。そして父親は舞踏会といい、カフェといい、そしてもしかすると図書館の勉強の時も。アレクと私が二人きりになる状況を阻止したいと思い、奮闘してくれていた気がする。そして勉強の時を除き、その作戦は成功していた。
二人きりになれない。でも今は都合がいい。
それって私と二人きりになりたかったということよね。
二人きりになって、そして――?