16話:重要なので二回言いました。
社交界デビューという一大イベントが終わったと思ったら。
早速テストに向け、猛勉強となる。
この世界、高等教育は主に高位貴族のために用意されている。
よって入試などはない。
そもそも中等教育までは、各家庭で家庭教師をつけて行うのが基本。
そこから高等教育へ進む際は、推薦状と面接。でもこれも儀式的なもので、正直、家柄が良ければOKという世界。
だがしかし。
入学してからはスパルタ。
前世のような学期ごとに行われる試験の難易度が高いのだ。
というわけでテスト前の二週間は、みんな習い事や部活動が休みとなり、勉強をすることになる。
そして図書館は集中して勉強ができるということで人気だった。屋敷へ戻り、勉強するのもいいだろう。でも皆が勉強しているとなると、やる気も起きるというもの。そこで授業が終わると、図書館へと向かったが……。
「あー、席ないか。仕方ない。屋敷へ戻ろう」
思わず独り言を呟き、肩を落とした瞬間。
「クリスティ、良かったら一緒に勉強しない?」
アレクの声に驚いて振り返る。
「あ、その、席もないので。私は屋敷に戻り、自室で勉強します」
この瞬間、満席だったことに感謝している。
「席なら個室があるよ。僕は王族だから、安全を配慮し、専用の個室を用意してもらっている。王都から取り寄せたお菓子や舶来品のお菓子も用意してあるし、分からないところがあれば教えるよ」
アレクは文武両道。勉強を教えてもらえるのは……一流家庭教師に教えてもらうに等しい。
しかも王都から取り寄せたお菓子や舶来品のお菓子。
王都から取り寄せたお菓子や舶来品のお菓子。
重要なので二回言いました。
スイーツごときで断頭台の誘いにのっていいの、私!?
◇
「あ、ありがとうございます」
結局、王都から取り寄せたお菓子や舶来品のお菓子の誘惑に……私は負けた。そしてこれは言い訳。一度の勉強を一緒にするぐらいで、運命は変わらないだろう!
ううん、ダメよ、こんな甘い考え。
たった一度が命取りになることもある。
ただプレイしていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。ゲームの舞台になっていた王都への憧れはある。王都のお菓子は……食べてみたい。それに舶来品のお菓子も。
でも本当に。
美味しいお菓子を食べながらだと、勉強がはかどっている!
……違うかな。
アレクの教え方が上手なのだ。
私の苦手な数学だって、アレクの説明だと、とっても楽しく感じる。
美味しいお菓子に囲まれ、教え上手なアレクに勉強を習う時間は、限りなく優しい。その先に断頭台の未来があるなんて、想像もつかない。
こんなに優しいのに。どうしてアレクは過去二回、ヒロインと恋に落ちてしまうのだろう。
その答えは分かっている。ここが乙女ゲームの世界だからだ。目指すはヒロインとアレクのゴールイン!
私にしては感傷的な気分になり、ふと顔を上げ、窓を見る。
窓から見えるのは、庭園だ。
うん?
今、窓の外の茂みで、不自然な動きがあったのは気のせいかしら?
気のせいよね?
図書館は庭園に面していて、その庭園は広大で、森林エリアもある。
この個室からは、その森林エリアが見えていた。
森林エリアにはモモンガがいるとかリスがいるとか、そんな話を聞いたことがある。
そうよ。リスなどの小動物だったのかもしれないわ。
「クリスティ、どうかした?」
「ううん。何でもないわ。あ、アレク王太子殿下、この古代語の活用形はこれであっていますか?」
「どれどれ、見せてご覧」
至って真面目に勉強すること三時間。
閉館時間を告げる鐘の音と共に、勉強は終了だ。
片づけをして、個室を出ると。
廊下に置かれたベンチに、腕組みをして足を組み、目を閉じて座っている男性がいた。
明るいグレーのセットアップを着ている。
「お父様!」
「クリスティ!」
父親がベンチから立ち上がる。ニコニコ笑顔で私の方へとやって来た。
「今日は学校で予算会議があってね。会議の後、教室に行き、学生に聞いてみた。クリスティがどこにいるかと。すると『図書館で勉強すると言っていた』と教えてくれたんだよ。ならば会えるかと思い、来てみたのだが……。なぜ王太子専用の個室から、クリスティが出てきたのかな?」
そこでチラリと父親がアレクを見る。
アレクは落ち着いた様子で口を開く。
「師匠、テストが近いので、クリスティと二人で勉強をしていました。一般席は満席です。ですが僕には個室が用意されています。クリスティは席がなく、困っているようでしたので、声をかけました。お菓子をいただきながら、ちゃんと三時間、勉強しましたよ」
アレクはノートを取り出し、父親に渡す。
そこまでしなくてもと思うが、父親はおもむろに受け取り、中を確認する。
「ふむ。そうか。勉強を。……ならば仕方あるまい。二人ともよく頑張った。では帰ろうか」
そう言うとアレクにノートを返す。
ノートを鞄にしまいながら、アレクは父親に尋ねる。
「このまま正門まで、クリスティをエスコートしてもいいですか?」
父親は、食べようとした瞬間に、ソフトクリームを落としたような表情をしている。だがそこは大人だ。そして相手は王太子。
「分かりました。娘を頼みます」
そう言って歩き出す。
歩き出した父親の頭には、なぜか小さな葉っぱが一枚載っていた。