15話:お父様、それ逆さまですから!
翌日。
昨日、舞踏会があったのに。
アレクは今朝も剣術の練習にやって来ていた。
その様子を庭園から見ると。
なんだか父親の気迫がいつもと違う。
度々、アレクと私の距離が近い場面があった。
そしてそこに現れ、ことごとく邪魔をしていたのは……タキシードに仮面の謎の男性。そしてその正体は父親だったのだ! つまり今日の父親は溺愛する娘に不用意に接近したアレクにプンプンしている状態。剣術の指導に熱(怒り)が入るのも仕方ないのかもしれない。
何はともあれ、朝食も終わり、登校となる。
すると……。
「クリスティ、どうかな。放課後、カフェへ行かないかい? 僕、行きたいお店を見つけたんだ」
カフェのお誘い。しかも王太子からのお誘いなのだ。基本、余程の用事がないと、「ノー」の選択肢はない。
ということで「分かりました。カフェ、お供します」と応じる。
「お供するって……。クリスティ、僕はデートに誘ったつもりだよ?」
これは聞かなかったことにして「えーと、今日はノースクロス連山で採取できる鉱物についてご説明します」と話し始める。話しながら、頭の中では別のことを考えていた。
アレクが何かと私に接触してくる理由。それはやはりここが乙女ゲームの世界であり、システムやシナリオの強制力が働いているのではないかと。この世界がヒロインのために、全力で私を悪役令嬢に仕立てるため、アレクの婚約者になるよう、詰めてきているのではないかと。
つまり、アレクはこの世界の力に知らず知らずのうちに突き動かされ、私に接近している。「デートに誘ったつもりだよ」なんて言葉を言わせているのでは!?
それを踏まえると、こんな風にアレクと一緒にいる場合ではないのに……。
いっそバカンスシーズンが始まったら、どこか外国にでも行こうか。
うーん、でもそれは父親が許すはずがない。
では婚約者探しは……難しいだろう。
やはり昨晩、アレクにエスコートされたことの影響があると思うのだ。
父親がリークした情報は、新聞を通じ、広まっている。
表向きはそこに書かれた理由を皆、信じているだろう。
だが「お世話になっているからとはいえ、本当にそれだけかしら? やはり王太子の婚約者候補よね?」という憶測は水面下で流れていると思う。
悩むうちに学校に到着。屋敷へ戻る侍女には、伝言をお願いする。放課後、アレクとカフェへ向かうことを、両親に伝えてもらうことにした。
こうして時間は流れ、あっという間に放課後。
いつもなら「早く授業終わらないかな。放課後にならないかな」なのに。
今日は「もっと授業やってくれないかな。放課後が来ないといいのに」と思っていた。よって「あっという間」で、放課後になってしまう。
「クリスティ、では行こうか!」
私がテスト前日のように沈んでいるのに対し、アレクはテストが終わった瞬間のような輝く笑顔で声をかけてくる。既に「優雅な朝食」騒動を経て、昨晩の「エスコート」があり、今があった。アレクが私に声をかけ、エスコートして歩き出しても、皆、何も言わない。というか言えないのだろう。
アレク、そして侍女と護衛の騎士、私を乗せた馬車は、街の大通りを目指す。だが大通りを進んだ後は、一本裏道に入った。そして落ち着いたワイン色のオーニング(ひさし)のお店の近くで止まった。
お店の窓ガラスにはプランターが飾られ、アスチルベのピンクの花が可愛らしい。店内に飾られているうさぎのぬいぐるみも窓から見えていた。店の入口に置かれたスタンド看板の手書きのメニューは、なんだかお洒落。実に女子が好きそうなお店だ。
実際にお店に入ると、マダム・令嬢率が高い!
というか男子ゼロなので、店内女性陣の視線が、アレクに一極集中になる。
着ているのは制服。
まだ十代の学生と分かっても、アレクの秀麗な姿に、目が離せないようだ。
「どうぞ、こちらのお席へ」
どうやらあらかじめ席を予約してくれていたようだ。
しかも窓を向いて座るソファ席。
これなら店内からの女性陣の視線を気にしないで済む。
ただ、対面の位置にソファはなく、窓がある。
つまりソファには横並びで座ることになるのだ。
屋敷での朝食も、馬車でも。
アレクは対面の席なのに!
でも仕方ない。
アレクが横に座った瞬間。
ペパーミントの爽やかな香りが柔らかく漂う。
気持ちがすっきりするいい香り……。
「バニラアイスに濃いコーヒーをかける『エスプレッソ・バニラ』が新しいメニューで、それが人気だそうだよ。食べてみる?」
それは前世で言うならアフォガートのことね。確かにエスプレッソの苦みとバニラの甘みで、大人の味わいを楽しめる。ここでアフォガートに出会えるとは思わなかった。「ぜひそちらを食べてみたいです」と応じた。
注文を終えると、沈黙ができる。アレクとの間に沈黙ができると、何を言われるか分からない。ということで私はアフォガートにちなみ、バニラにかけると美味しいものを次々に紹介する。ジャムや蜂蜜は当然のこと、紅茶もいい、実はオリーブオイルもおススメだと語りまくった。
すると視線を……感じる。
背中にはソファがあり、こちらは見えないはずなのに。
ということは、このソファ席の並びにいる人がこちらを見ている……?
そう思い、右側に視線をやると……一番端のソファ席に父親がいる!
私と目が合うと慌てて新聞を広げているが、それ逆さまですから!
なんだか古典的なコントみたい!
「クリスティ、どうしたの?」
「え、えーと」
どう答えたものか迷うと、アレクは私が見ていた方に視線を向け「!」と驚く。
父親はこちらに気づいていないフリをしているが、アレクは苦笑する。
「驚いたよ。このお店、レディに人気と聞いている。男性はほとんど来ないと聞いていたけど、まさか師匠がいるとは。しかも一人。どうしたのだろうね?」
どうしたもこうしたも、これは私がアレクとカフェに行くと侍女から聞き、心配で……学校から後をつけていたのだと思います!
そしてアレクも……薄々気づいている気がする。
父親が過保護であることに!
だがアレクは優しいので、父親に声をかける。
父親は「人と待ち合わせがあった。でも急遽キャンセルになった」と言っているが、絶対違うと思う。でもアレクはそこを問い詰めることはない。
結局、三人でアフォガートを楽しみ、帰りは父親と共に屋敷へ戻ることになった。