4.物語
その日の宿泊先となった伯爵家では豪華な食事を振る舞われ、丁寧にもてなそうとしてくれたけれど早々に休ませてもらうことにした。
予定ではセダを出るまで二泊する予定となっている。そしてラダクールに入ってからも数日かかると考えると、体力はなるべく温存しておきたかった。
翌朝、グレイから伯爵に礼を言い、屋敷の人たちに見送られて早めに出発した。
ここからもう一つの地方を経て、明後日にはラダクールの地に入る。
昨日と同じように、町を出ると再び緑と丘と空が広がる風景が続いた。
のんびりとした代わり映えのない退屈な時間は、再び私を思考の沼へと引き寄せていく。
私は本当にラダクールの王太子を殺さなくてはいけないのか。
セダの憎悪と怨念を、あの国に向けなければいけないのかと。
前世を思い出す前だったら、そんな疑問を抱くことなどありえなかった。セダ王国ではラダクールの悪行を、徹底的に刷り込まれていたのだから。
あの国がどれだけ悪逆非道か、セダがどれだけの被害を被ってきたか。物心付く前からそれらを教え込まれ、ラダクールを悪だと信じて疑わなかった。
だから、自分が刺客として送り込まれることを抵抗なく受け入れたし、私にしかできない事だと誇りにさえ思っていた。私が犠牲になることで、ラダクールに一矢報いることができるなら、この命など惜しくはないと。
そう思って覚悟を決めていた矢先、私は前世を思い出してしまったのだ。そしてゲームを通してこの世界の本当の姿を知ることになる。
威厳と優しさを兼ね備えたラダクールの王太子ロドルフ。
ちょっとお調子者だけれど、明るい第二王子のロトス。
ヒロインの側近でお世話係の神官フィン。
そしてメインキャラではないけれど、ヒロインに優しく接してくれた登場人物たち。
ゲームの彼らのことを思い出して、それまでの価値観が一気にひっくり返ってしまった。プレイして、ストーリーを進めていくにつれて好きになった人たち。
クレイのことが大好きな私だったけれど、いわゆる箱推しというか、世界観も含めてすべてのキャラクターに愛着を持っていた。
そんな彼らを殺そうとする道を、あの時の私は喜んで受け入れてしまったのだ。そして私は今、こうして破滅への道を進んでいる。
◇
「リディア様。長い道中の退屈しのぎに、今日は少し風変わりなお話をしましょうか」
後悔の念に囚われ鬱々としていると、昨日と同じようにグレイがそう提案してきた。
私達の間では、作戦に関する打ち合わせは終わらせている。そして旅先で迂闊に口にしてしまわないよう、それに関する話題をしない決まりになっていた。
しかしそうなると彼とは何の話題もない。私達の関係は、未来のない死地に赴く同士なだけ。
それでも私の気分を紛らわせようと、私に気を遣ってくれているのだろう。
「変わったお話? どうぞ、続けて」
いつもと変わらない彼の軽い語り口に、ふっと肩の力が抜けた。
彼も私と同じセダ王国の捨て駒なのに、少しも緊張や重圧を感じている様子が見えない。そんな彼につられるように、ゆったりと背もたれる。
「では……」
そうして語り出したものは、どうやら何かの物語のようだった。
永遠の時を生きる孤独な男の物語。少しSFチックなおとぎ話のようなストーリーに、その滑らかな話術で自然と引き込まれていく。
そして話は終盤へと向かい、曖昧な余白を残して終わりとなった。
「……それで、その男は結局幸せになれたのかしら?」
「もちろん、ハッピーエンドで終わります。彼は追い求めていた女性と出会うことによって、物語に終止符を打つことが出来た。無限の時を生きていた男は救われたのです」
この世界では聞いたことがないような珍しいお話だったけれど、日本にいた頃はこのような話を何度か目にしたことがある。どこか懐かしさを感じさせるような、不思議な物語だった。
「とても引き込まれて面白かったわ。どなたの作品?」
「恐縮ながら、私が即興で作った物語でございます。少しでも退屈しのぎになればと思い、考えました」
「本当に? 手品といい、あなたって器用でなんでも出来るのね。……そんなに多才でありながら私の護衛になってしまうなんて、人生って理不尽で無慈悲なものだわ」
彼だって私同様に生贄にされた人間だ。王女の私は仕方がないとしても、それに付き合わされる彼は不幸でしかない。
最後に、私を裏切ることがなければの話だけれど。
「私がリディア様の護衛に選ばれたことは、生涯の誇りであり勲章でございます。それを悔いることなどありません」
そう言って微笑んだ。
そこでふと思う。そういえばゲームのクレイとリディアの関係はどうだったのだろうと。
ゲームの彼も、リディアの護衛としていつも側に付いていた。けれど彼女は彼の手によって命を失うことになる。
クレイはラダクールとヒロインを愛し、セダの魔の手から守るためにその身を汚した。
そんな捻れた関係の二人が、実際どのような関係であったのか気になるところでもある。
とはいえ、今私の目の前にいるのは『クレイ』ではなく『グレイ』だ。もし彼がバグっているのだとしたら、その結果だってバグる可能性は十分にある。
そんな都合の良いことを考えながら、私は今後の不安を紛らわせようとしていた




