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30.愛の形〈グレイ編⑦〉

 


 話を終えた頃には、もうかなり遅い時間になっていた。懐中時計を取り出して見ると、そろそろ日を跨ぐ時間となっている。



「あら? どうしてあなたがそれを」


 私の手元をみて不思議そうにリディア様が尋ねられた。そういえば懐中時計のことはまだ話していなかった。


 それについては過去から連れてきた懐中時計と、新たに父親から贈られた物と二つ持っていたことをお伝えする。

 リディア様が盗んだと騒がれた懐中時計は、その後に花壇から回収して手元に残してあった。そしてロドルフ様に渡したものはそちらではなく、神子様に見せた古い懐中時計の方なのだと説明する。



「彼だけには、私たちがいた証を残さなくてはならなかったので……。あの中には、勝手ながら王太子として対応してもらいたいことを手紙に記し入れてあります。唯一これらのことを憶えていらっしゃるロドルフ様に、今後のことを託すためでもあります」


 もしあの方が記憶を戻すことがなかったら、それを渡さずに同じように記憶を消して、二人だけで逃げるつもりだった。

 結果的に彼から婚約者を奪う形になってしまうことを考えても、その方がロドルフ様にとっては幸せだったかもしれない。


 でもリディア様の死を哀しみ花を手向けていた彼ならば、きっとリディア様が生きられるこの結末を受け入れてくださるのではないだろうか。

 そんな私の願望も混じりながら、彼に思いを託した。

 



「……ねぇ。懐中時計に手紙を入れたのって、もしかして私の真似をしたとか?」


 真剣な話をしていたつもりが、リディア様はいたずらっぽい表情をしてこちらを見ている。



「真似ですか?」


「違うの? 私、あなたの懐中時計にいつも一言メッセージを入れていたから、それを真似たのかと思った」


 それを聞いて一瞬口を噤んだ。そしてその言葉の意味を噛みしめる。



「一つお伺いしてもよろしいでしょうか。リディア様はどこまで……」


「そうね。私も話すと長くなってしまうから、また明日にしましょう。それでゆっくりとお聞かせするわ」


 たしかに、季節外れの暖かさとはいえ長い時間風に晒し、体力の消耗もあるだろう。

 私は再びジェーンを呼び、リディア様を寝室まで案内させて身支度を手伝うよう指示した。






「いやぁ、驚きましたよ旦那様。私はこれほど美しい女性を見たことがありません。どこのお姫様かとびっくりしました」



 リディア様を送り出した後、部屋に残った私にマイロが話しかけてきた。

 彼はここから一番近い町から、使用人の募集をかけて雇った人間だ。ジェーンとは夫婦で、子供たちも独立し住み込みで働けるということで、人里離れたこの家で二人に働いてもらっている



「私が大切に思っている人なんだ。くれぐれも失礼な態度をしないように心がけてくれ」


 これからは王宮での生活とは大きく変わり、使用人の格や質も差が出てくる。

 過剰な期待はしていないが、それだけは気を付けてもらいたいところでもある。




 翌朝、ジェーンからリディア様の身支度を終えたと報告を受けると、私は紅茶の準備をして寝室へと向かった。


「おや、旦那様がお持ちになられるんですか?」


「うん、これは私がいつもやっていることでね。それと、昨日と変わって寒いようだ。居間をもう少し暖めておいてくれないか」


 私はジェーンにそう伝えると、リディア様の寝室に入っていった。




「まさか、あなたがここでも世話をしてくれるとは思わなかったわ」


 ベッドに腰掛けていたリディア様が、驚かれたようにこちらに目を向ける。

 私は手に持っていた銀色のトレーを、近くの丸いテーブルの上に置いた。



「この家の主人なんでしょう? 私だってもう王女じゃないわ。こんなことをしてくれなくてもいいのよ」


 リディア様は神妙な面持ちでそう話される。

 私はいつものようにドライフルーツをカップに入れ、紅茶を注いでトレーからテーブルへ置いた。



「これは私が好きでしていることですから気になさらないでください。どうぞこちらへ」


 私がそう言うと、リディア様は腰を上げて私の待つテーブルに着いて、今入れたものを一口だけ飲まれる。



「……なんだが、久しぶりに落ち着いた気分」


 リディア様は、手前にある椅子を指して私に座るよう促した。


「一晩寝て、随分と頭もすっきりしたわ。私もね、あなたに話したいことがたくさんあるの。昨日の続き、このままお話しても構わないかしら?」



 そうしてリディア様は、私よりも長く珍しいお話を語り出した。



「私もね、もうずっとループに囚われていたのよ。そしてあなたが話していた通り、私も時々既視感を覚えたり、記憶が蘇ったりしていた」


 その度にリディア様も、亡命を持ちかけたり逃亡を試みたりと色々と試されたらしい。しかしやはり同じように、その都度セダに戻されることを繰り返したという。



「その時に思いついたことは、あなたへの手紙に別のメッセージを残すことだったの。もしクレイに『逃げたい』と言葉を残したら、私の気持ちが伝わるのではないかと思って。

 だってあなたはラダクールに危害を加えたくなかったでしょう? 私も同じ気持ちだと伝えられたら、一緒に逃げてくれるかもしれないと思ったの。

 でもまさか、あなたも同じような経験をしているとは思わなかった。こんなことを繰り返しているのは私だけだと思ってた」


 ふぅと一呼吸おいて、もう一度カップを傾ける。考えを纏めるかのようにゆったりと背もたれながら、再び話を続けた。


「何度も人生を繰り返させられて、そのうちの何回かは記憶が蘇って。思い出す所は様々だったわ。セダにいる時点で思い出すこともあれば、ラダクールに来てからと色々。

 そして、ナイフが刺さった瞬間にも思い出すことがあったわ。私はそれが一番辛く堪えがたいことだった」


 私はじっと耳を傾ける。殺す側と殺される側、それが最終的な私たちの関係だった。それを繰り返していた私には、口を開くこともできない。



「でもね、驚かないで聴いてほしいんだけど、ずっとここから逃げたい。逃げたいと強く願っていたら、ある時本当に逃げることができたのよ」


 そう話された内容は、私の想像を超えたものだった。リディア様は一度この世界を離れて、別の世界に生まれ変わったのだという。

 それは日本という国に住む、病弱な女の子だったと話された。



「もしこの世界だったら、当時の私は一週間も持たずに死んでいたかもしれないわね。でもその世界は医療も科学も発達していたから、何とか十五まで生きることができたの。こことは違って随分と便利だったのよ」


 冗談を言うように、そして面白そうに私を見て笑った。


「それでね、そこでもあなたに出会ったの。白銀の髪を持った、白騎士と呼ばれたクレイ・モアール。私は初めて、乙女ゲームを通してこの世界を覗くことが出来た」



 度々理解できない言葉が出てきても、聞き返さずにそのまま耳を傾けた。今は私が満足を得るよりも、心の思うままに好きに語ってもらいたい。


 それからセダとラダクールの背景を知ったこと、それから間もなく命を落としたこと。

 気が付けば再びセダ王国のリディア王女として、この世に生を受けたのだという。



「グレイの姿を見た瞬間に、前世の記憶が蘇ったの。でもその時は、自分が日本人だったことしか思い出せなくてひどく混乱したわ。このままいったら身が破滅する、どうしましょうって。

 でもあなたがグレイに変わっていて、神子様も転生者じゃなくて、リディアである私が転生者なんていうおかしな状況になっていて。これはもしかしたらバグ……運命を変えることができるフラグかも? と、ちょっとだけ期待もしていたのよね」



 大変な出来事だったというのに、懐かしげな表情で楽しそうに語るリディア様を見て、私は思わず目を細めた。



 無理矢理ここまで連れてきて、彼女の意思すら聞かずにここに住んでもらっているというのに。

 泣かれることも非難されることも覚悟の上だったというのに、リディア様はそれは嬉しそうに話されていた。




 私はここに至るまで、彼女に抱くこの気持ちが同情なのか執着なのか、それとも罪悪感からくるものなのかわからなかった。

 ただもう彼女を殺したくない、救いたいという思いだけでここまで辿り着いたつもりだった。


 でもそうして全てを乗り越えた先にあったものは、ただ彼女への愛しさだけがこの胸の中に残っていた。








あともう少しだけ続きます。

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