28.最後のラダクール王国〈グレイ編⑤〉
グレイとして初めてラダクールに降り立ってから、妙な雰囲気を感じていた。
今までと同じく歓迎を受けているというのに、何か変だと思ったのはロドルフ様の印象によるものだと気付く。
同じ言葉、同じ態度をしているというのに、私に向ける眼差しに違和感があった。
「リディア王女の護衛騎士を務めるノアール卿ですね。本日は私が責任を持って王宮内を案内しますので、貴殿はこちらでゆっくりとお過ごしください」
到着した翌日、これから宮殿内を案内するというロドルフ様から、体のいい断りを入れられた。
クレイの時にはこんなことはなかったが、初日のことを振り返るとそれほど意外には思わなかった。あれはやはり、私を警戒して快く思っていなかったのだと理解する。
そして、これと同じようなことはリディア様にもあったなと思い出した。クレイの頃は私を快く迎えてくれたというのに、グレイでお会いすると拒絶するような雰囲気があった。
私の変化が彼らをそのようにさせているのだろうかと、たまに起きるこのような違いに不安がよぎる。このことが私たちにとって不利になるのか有利になるのか、この時点では見当もつかず見守るしかない。
そういう理由で、本来の出会うべき日に神子様にお会いできなかった私は、翌日になってリディア様と一緒にお会いすることになった。
今度の神子様はアリスという名であるらしい。輪廻の中で唯一変化がある場面でもある。不思議な事に、ラダクールの神子様はいつも名が変わっていた。
今までにいなかったような、なんとも言葉にしがたい神子様に勢いで押されていると、リディア様が隣で不思議な話をされた。
「ではその紋様が見えた時に、前世の記憶が蘇ったりしたのでしょうか?」
今までのリディア様からは聞いたことのない話をされて、思わず目を向けてしまった。
「前世? 一体何の話ですか?」
私が知らないことを神子様が知るはずもない。なぜそんなことを聞いたのか? まさか輪廻の事を言っているのだろうか。
でもリディア様からは、私のように全てを把握している様子も窺えない。
ただ一つ考えていたことは、リディア様もロドルフ様も”既視感”があるのではないかと予想を立てていた。私へ向ける訝しげな眼差しは、グレイとなった私に違和感があるからではないかと。
この場でははっきりしなかったものの、このことは頭に入れておくべきだと考えた。
そして月日は流れ、大きな要所となる魔獣討伐の話が舞い込んできた。
私を警戒しているロドルフ様も、神子様の天眼ともなれば私を頼らざるを得なかったらしい。リディア様から許可を頂いた私は、快く協力することをお伝えした。
その日のうちにロトス様を筆頭に討伐隊が組まれ、早速現地へと向かうことになった。その時に心掛けたことは、クレイの時と同様に彼らと親交を築き、信頼されるよう誠実に振る舞うこと。
魅了の力を使わずに彼らの心を掴もうとしたのは、私の中にラダクールへの思いが強く残っているせいでもある。出来る限り彼らを操るようなことをしたくないという理由でしかない。
だから、魔獣を殺さずに逃がしたことも、セダの衛兵時代の時のように記憶を書き変えようとは思わなかった。それがいずれ記憶を消すことになるのだとしても。
それから私が魔獣を殺さない理由はただ一つ、彼らとは極力敵対しないと決めていたから。
全て計画通りに事が運べば、いずれは魔境の森へ向かうことになる。魔獣との共存を考えれば、敵対行動は限りなく避けたかった。
そうして討伐隊は、一人のけが人も出さずに王宮へと戻ることになる。
その時に、私は少しばかり細工を施すことにした。一緒に討伐へ行っていた神子様であるアリスに、わずかな魅了をかける。
彼女には申し訳ないが、私が有利に動くために彼女の気を引く必要があった。行動の確実性を高めるために、今のうちに仕掛けておく必要がある。
しかしこれまでの神子様とは違い、私も時々たじろいでしまうほど彼女は押しが強かった。
気を引く程度の魅了だというのに、全力で私にもリディア様にもぶつかってくる。
その強い個性は面白くもあり、同時に彼女の自由な意思を歪ませている心苦しさもあった。
「あなたは彼女のことをどう思うの?」
ある時、リディア様が私にそう尋ねられた。
このように仕向けているのは私自身なので、神子様に対して多少の罪悪感を持ち合わせていた。
だから褒めるような形で素直に答えたけれど、一つ懸念していたこととして、リディア様に負担がかかっているのではないかということだ。
そしてそれは別の形で現れることになる。
日々は移り変わり、薄着では寒さを感じるほど秋が深まり始めた頃。
来月にはロドルフ様の生誕パーティが行われる予定となり、ということはもう間もなくあの日が訪れる日がやってくる。
ある日、机の上に置いていた懐中時計が無くなっていることに気が付いた。私はやっとこの日まで辿り着いたかと一息つく。
私はカラスに盗られるとわかっていながら、いつものようにそこへ置いていた。
これはリディア様からの手紙を期待したというわけではない。今までのようにロドルフ様たちとの交流もなく、リディア様から離れることがほとんどないことを考えると、入れる隙がないことはわかっている。
それでもそうしていたのは、神子様との今の関係を崩さないようにするためだった。その為に魅了もかけている。
しかしここで想定外のことが起きた。
リディア様が私の懐中時計を盗んだという話になっている。いつも私一人が呼ばれて解決していたはずなのに、今回はロドルフ様まで呼び出される事態になっていた。
なぜそのような話になったのか、あまりに馬鹿げた話でその時は少し冷静さを欠いていたように思う。
幸いなことに、ロドルフ様は神子様の言葉を鵜呑みにはしていなかった。しかし天眼が重く受け止められることには違いなく、疑いを口にして質問をされる。
いくら神子様との関係を維持するためとはいえ、謂れなき罪で疑われるリディア様をそのままにしていられなかった。私は少しの間考えを巡らし、質問に答える。
「神子様のおっしゃっている懐中時計とはこちらでしょうか」
そう言ってポケットから懐中時計を取り出して見せると、神子様は目を白黒させて言葉を詰まらせ、ロドルフ様は安堵された様子を見せた。
これはあの時、私と一緒に舞い戻ってきたもう一つの懐中時計。それを手渡して見てもらう。
これは少しばかり怖い賭けでもあった。私が神の定めから外れようとすると、必ず人生をやりなおしさせられる。だから私が懐中時計を見せることによって、全てが水の泡になってしまうことを恐れた。
しかしこの時の私は思った以上に感情的になっていたらしく、どうしても黙っていることができなかった。
そして幸いなことに、話はそのまま進んだことに安堵の息を吐く。
ロドルフ様からの疑いも晴れ、無事に終わったことで気が緩んだのか、私は帰り道でリディア様に話しかけた。
するとリディア様は、何かを考え込みながら私に問いかける。
「もしかして、懐中時計を窓際の机に置いていなかった?」
窓際の机の上?
一瞬リディア様が何をお話されているのかわからずに考える。そしてその意味を理解して鼓動が早まった。
まるで、窓からカラスに盗まれると知っているかのような問いかけに、私はしばし言葉を失う。
どうしてリディア様はその場所で失くしたことを知っている?
机の上に置かれていたことすら知らないのに、どうしてそこに置いていなかったのかと聞いたのか?
これまでの輪廻の中で、リディア様に懐中時計を紛失していたことを話したことはない。
いつも神子様との間でこっそりと終わる話だったため、机に置いていた物をカラスに盗まれたなど知らないはずだ。
私は以前リディア様に、輪廻の“既視感”を持っているのではないかと感じたことがあった。
でもそれとは何か違うものをこの時に感じた。しかしだからといって、記憶があるとも言い難いようにも見える。
これは一体どういうことなのか。私の知らない何かがリディア様にあるような気がした。
その日の夜、夕食を終えて部屋に戻られたリディア様に伝えてみることにした。
「先程のご質問ですが、私はいつものように窓辺の机に置いていました。……ではリディア様、お休みくださいませ」
リディア様の反応を見て、その違和感が確信に変わった。やはりリディア様は何かを知っておられる。
この世界で変わったのは私だけだと思っていた。でももしかしたら、リディア様にも何かの変化が起きているのかもしれない。
そう思うと、私は沸々と湧き上がる高揚する気持ちが抑えきれなかった。
あの闇の中で見た、流れ星のような星のきらめき。あれは私たちの成功を示唆するものだったようにも思えてる。
私もリディア様もあの時のことを知って立ち向かえるなら、あの惨劇は繰り返されない。
その時に私が神の目を欺くことができたなら、それは私たちの勝ちだ。




