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26.闇の力〈グレイ編③〉

 


 私の記憶は積もり重なっていく。出口の見えない螺旋の中で、稀に起きる“記憶の蓄積”。

 記憶を持った私は、リディア様を救える未来を思い描き、無理だとわかっていてもそれを渇望するようになっていた。


 いつか彼女の手を取りこの輪廻(ループ)から抜け出したい。その思いが強くなるほど、彼女を殺し続ける自分自身を嫌悪し呪うようになった。

 救いたいのに、なぜこの手で殺さなくてはならないのか。繰り返し起こる矛盾は、次第に積み重なって私の心を蝕んでいく。


 もしかしたら、私はどこか狂い始めていたのかもしれない。報われない思いは煮えたぎる欲望に成り代わり、汚した手で救おうとする傲慢な願いは、強い執着へと変わっていった。





 そして、私の最後の日が訪れる。


 周りには多くの兵が囲い、私と二人の王子は神子を守るように立ち塞がってリディア様と対峙していた。



「どうか降伏してください。セダはもう終わりです。今降伏なされば、もしかしたら貴女にも恩情がかけられるかもしれない。どうか」



 私は何の疑問も抱かずに、いつものように間抜けな言葉を吐いていた。どの口で彼女を救うと言うのか。

 ほら、お前は結局リディア様を選ばない。正義を盾に、あのお方を殺してしまうというのに。




 リディア様の身体をナイフで貫く。

 めり込んでゆく柔らかな肉の感触を、この体が知っていることに涙が流れた。

 どうしてここで思い出してしまうのか。幾千、幾万と繰り返してきたこの忌まわしい記憶を、眩暈と吐き気の中で蘇らせる。




「ああ……」


 彼女のドレスが徐々に血に染まっていく姿を見て、深い絶望に染まる。



「もういい加減にしてくれ……!!」


 流す涙も止められずに戦慄いた。神は私達を弄び楽しんでいるのか。それともこれは試練だとでもいうのか。

 血濡れた手でリディア様を抱え、激しい感情を抑えられずに慟哭する。



 そして気が付いた。

 私がこの世に存在するからいけないのだと。なぜこんなにも簡単なことに思い至らなかったのか、自分でも不思議だった。


 私は跪いたまま、彼女のナイフをゆっくりと自分に向ける。初めからこうすればよかった。そうすれば、貴女を裏切り苦しませることなどなかったというのに。



 もう周囲の声も耳に届かなかった。再び輪廻(ループ)する可能性も頭に浮かばない。考えることを放棄した私は、衝動のまま胸にナイフを胸に突き刺し、命果てるつもりだった。




 いつまでたっても訪れない痛みと苦しみに、私は虚ろに顔を上げた。

 手にしていたはずのナイフは手から消え、突き刺したはずの胸には傷もない。


 何かおかしいことに気付いて辺りを見渡すと、そこは何もない真っ暗な闇に覆われていた。

 さっきまで見えていた月の光も、青白く浮かんだ聖堂やそこにいた神子様やロドルフ様たちまで、全てが目の前から消えている。



 私は何もない暗闇の中にただ一人残されていた。

 目の前で倒れていたリディア様の姿も消え、私は立ち上がる。


 先程まで抱えていた絶望感も、自分を呪う深い後悔もいつのまにか私の中から消えていた。

 まるで自分から感情が取り払われたような、妙にすっきりとした気分でいる。



 これは私が生み出した闇なのだろうか。何が起きているのか分からないながら、やけに冷静に周囲を眺めた。

 さて、私はここでどうしたらいいのか。あてのない真っ暗な空間で一人考える。


 そして導き出した答えは、この記憶を失わないことに全てをかけることだった。もしここに居続けるとしても、再び輪廻の中に放り込まれるとしても、必ずこの記憶を保ち続ける。



 天地もなく時間すら感じないこの空間で、私はただリディア様のことだけを考えていた。

 ほんの少ししか経っていないようで、永遠にここにいるような感覚のなか、自我を失いそうになることもあった。

 それでも私は絶対に手放してやるものかと、バラバラになりそうな記憶を必死に掻き集め守っていた。



 ある時、闇の中に一粒の光が見えた。何もないこの空間で初めて目にしたもの。それはまるで流れ星のように光の線を描きながら、目の先へと落ちていった。


 何か予感めいたものを感じて、私は光の落ちた方へ歩き出した。右も左もわからないこの闇の中で、やっと行くべき道が示されたのだ。はやる気持ちを抑えられなくなり、私はとうとう駆け出した。


 早くあの光の処へ。

 そうして辿り着いた場所は、私のよく知る懐かしい部屋だった。





 見慣れた壁に、見慣れた調度品。そして馴染みある初老の男の声。


「グレイ様、とても立派なお姿でございます」


 そう話しかけられ我に返った私は、目の前の鏡に映る自分の姿に言葉を失った。

 黒い髪に黒い瞳の、自分と同じ顔をした男が鏡越しにこちらを見ている。



「このように成長なされたお姿は、旦那様もきっとお喜びになられるでしょう」



 私に話しかけてきたのは、モアール家の執事だった男だ。久しぶりに聞く声、そして正装をした自分の姿を見て私は状況を理解した。

 再びセダ王国に戻ってきたのだ。それも、私が成人する日に。


 思わず笑い声を上げそうになった。とうとうこの時が訪れたのだ。記憶を持ったままこの地に舞い戻る。

 その望みが叶えられたことに、私は打ち震える思いがした。



 この黒く染まった己の姿を見つめ、自身に起きたことをゆっくりと呑み込んでいく。

 私を取り巻いていたあの闇は、消えたのではなくこの身に宿したのだと、なんとなく理解することができた。

 今までなかった大きな力を感じ、抑えきれない何かが溢れ出ている感覚がある。



「グレイ様、そろそろお時間でございます」


 鏡の前から動こうとしない私にしびれを切らしたのか、執事が私を促した。聞き間違いかと思ったが、先程から気になっていたことを確認する。



「一つ尋ねるが、グレイとは私のことか?」


「もちろんこのノアール侯爵邸で成人の儀を行われる、あなた様のお名前でございます。新たな地にてご活躍されることを、私もお祈りいたします」


 私の言葉を新たな決意表明のようなものだと受け取ったのか、執事はそのように答えた。



 それだけでおおよそのことを把握した。

 私の周りは何かの歪みが生じていること。この身に宿った闇が、私自身も含めて周囲を歪ませているのだと、感覚的に理解することができた。

 それだけの力があることを把握し、初めから自覚できたことは幸いだった。


 そして、やっとこの時が巡ってきたのだと思った。運命に抗うことを諦めかけていた私は、やっと断ち切る力を得たのかもしれないと。




「では行こうか」


 私はこれから父の待つ広間へ向かい、成人した証として剣と懐中時計を授かる。

 この家では剣は騎士の誇りとして、懐中時計は家の誇りとして息子たちに持たせることになっていると、それを経験している私は知っている。



 そうして部屋を出ようと歩きかけたところで、服の内側に違和感があることに気が付いた。

 内ポケットに何か重みがあるのを感じ、まさかと思って手を入れる。

 そこにはあの懐中時計が入っていた。


 家の紋章が彫られた銀色の懐中時計、それが私の手元に残されている。

 本当だったら、これから授かるはずの物だというのに。



 こんなことは初めてだった。懐中時計も私と一緒に戻るなんてことは今まではなく、なぜここにあるのかもわからない。


 ただそれでも、『最後まで、共に』『逃げたい』と、リディア様の残された思いが込められた物であることであることで納得している私がいる。

 これは自身の決意に結びついているのだと、そう思った。




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