23.ロドルフの記憶
『……どうかお元気で。我が友、ロドルフ様』
そう言って私の元を去っていった二人を追うことは出来なかった。
闇に覆われた空間は次第に色を取り戻し、灯された明かりがぼんやりと現れ始める。
「……上、兄上、大丈夫ですか。これは一体何事です?」
遠くに聞こえていた声が近付いたかと思うと、周囲がはっきりと目に映った。
聖堂前に、ロトスとアリス、そして兵たちがこちらを見ている。
兵たちはざわつき、なぜここに集まっているのかと互いに尋ねあっていた。彼が去り際に言っていた通り、目的を忘れているらしく戸惑っている様子を見せる。
うろたえる兵たちを前にして、厳しく律するように言葉を発した。
「君たちをここへ呼んだのは私だ。不穏な影を見たので集まってもらったが、なにも問題がないことを確認した。ここで解散とするので、今日はもう休むように」
私がそう宣言すると、彼らは不思議そうに首をひねりながら宮殿へと帰っていった。
「兄上、不穏な影とは穏やかではありませんね。この聖堂に神子役の女性が来ていることに関わることなのですか?」
「……神子役?」
私はアリスに近寄り、彼女の左手を持ち上げ覆われた布をめくった。そこには神子の証明であった紋様は消え、ただ白い肌がある。
「ちょっと、いきなり何? 王子様だかなんだか知らないけどいきなり失礼だよ!」
王宮に来たばかりの頃のような、威勢のいい態度でアリスは手を引っ込めた。
「ロドルフ様に対してなんと無礼な! 大変失礼しました、神子役の彼女には祝祭の日までにしっかり教育いたしますので」
アリスの側近であったはずのフィンが、アリスの態度を厳しく叱りつける。
「いや、今のは兄上が悪かった。彼女を怒らないでやってくれ」
言葉を失っている私に変わり、ロトスがそういってフィンを宥めた。
神子役? 祝祭? 話が大きく変わっている。それから彼女の手の紋様。まさかと思い見てみたが、それは綺麗に消えていた。
彼らがいなくなったことで消えてしまったのかもわからない。その上彼らの記憶は、捻じ曲げられたように話がすり替わっている。
……これも君の仕業なのか? クレイ。
私は走り去った彼らの方角を見つめ、天を仰いだ。
翌日、彼が言っていた通り王宮にいる者は二人のことを憶えていなかった。
リディア王女が私の婚約者だったことも、セダ王国から婚前留学に来ていたことも全て記憶が失くなっている。
まるで夢を見ていたような錯覚に陥るが、私の記憶が正しいことは、彼が残した懐中時計と書類が証明してくれた。
誰も知らないはずなのに、二人の名前があらゆるところに刻まれている。そのため王宮内は混乱し、私がその矛盾を否定し消していかなければならなかった。
『私たちがいた証を、貴方一人に押し付ける形になってしまうことをお許しください』
それらに翻弄されながら、グレイの言葉を思い出して苦笑いを浮かべる。
本当に勝手にやってくれたな。私は手元に残された懐中時計を見て、そう嘆いて笑った。
彼から譲り受けた懐中時計の蓋の中には、小さな手紙が折りたたんで挟まれていた。短い謝罪の言葉と、いなくなった後の処理のことを簡潔に羅列して書かれている。
どうせだったら私の記憶も消してくれたら楽だったな。そんなことを思っても、こうして私が託された意味はわかっている。
クレイ・モアール。もうずっと長い間、良き友人であった気がする。
白騎士と呼ばれた彼と再会して、綻んでいた記憶の欠片を取り戻した感覚だった。
あの闇の中にいた時、彼らと過ごした日々や人を失う虚しさを、ぼんやりとした形だけれど思い出していた。
君は、彼女を救うためにグレイ・ノアールとなってここへ来たのだろうか。まるで神の力を手に入れたかのように私の理解を越えて現れ、そして去っていった。
君が彼女の閉ざされた運命を変えたのなら、私は別の役目を果たさなければならないと思う。
手紙に短くしたためられていた意志を受け継ぎ、ラダクールを治める者としてこれからの時代を変えていく。
そして君たちのいたセダ王国との未来も、新たに築き上げる努力をしていくつもりだ。
そしていつかどこかで、私の親友に良い報告を届けられたらとても嬉しい事だと思っている。




