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19.五里霧中

 


 あの去り際の、グレイの言葉がずっと頭に引っかかっている。



 寝衣に着替え、お茶の用意をしてもらい侍女には下がってもらった。ソファに腰掛け、深く身を沈める。


 彼はなぜ、私のあの質問に答えたのだろう。

 そして質問の意図をどう受け取ったのだろうか。


 色々なことが気になり過ぎて、取り留めのない考えは一向に纏まらない。

 いつも何かあれば、最後は『バグっているから』と流してしまうけれど、本当はそこにも何か理由がありそうな気もしている。


 でもそう思ったところで、それを知る術が私にはないのだからどうしようもない。高みからそれら全てを見渡せるのは、それこそ神様くらいのものだろう。


 ラダクールに来てからもう二ヶ月は経つ。そろそろ秋も深まりつつあり、『リディアの最後の日』は着々と近付いてきている。





 翌日、身支度を終えてグレイを部屋に入れると、彼はいつもと変わらぬ涼しい顔をして私の前に現れた。そして用意された給仕台をテーブル付近まで寄せて、いつものように朝食の準備を始める。

 陶器から幾つかのドライフルーツをカップに入れ、その後に紅茶を注ぎ込む。



 どうぞ、と差し出されたものを黙って受け取り、スプーンでカップの中をかき混ぜた。


 私は改めてグレイの姿を眺めてみる。今では見慣れた黒髪の従者。しかしそもそも、どうして彼は『グレイ』なのか?


 今更ながらそんな疑問が湧き上がる。

 一緒に旅に出て、常に側にいてくれたグレイ。初めこそ、この得体の知れない彼を不審に思ったけれど、一緒に生活をするうちに信頼し心の支えにもなっていた。

 私が決断するときはグレイに相談しよう ―――― そう思っていたけれど。


 今になって、再びグレイのことがわからなくなってしまった。ポーカーフェイスの下にある本当の素顔は、一体どんな顔をしているのか。


 そんなことを考えていたら、なんだか少し寂しい気分になっていた。




 ◇




 この日は午前の日課を終えた後、久しぶりにロドルフから昼食のお誘いを受けた。どうやら王子二人と、アリスを交えての昼食会となるらしい。

 ロドルフからの使者に連れられ、私はグレイと共に庭園がよく見える広間へと向かった。

 こういう時、彼が従者であることを不便に思う。変にグレイを意識しているせいで、側にいるだけで居心地が悪い。



 それが顔に出ていたのか、広間で挨拶をするとロドルフに心配されてしまった。


「あまり顔色が優れない様子ですね。二週間後には他国の外交官を招いたパーティもあります。もし日課が負担になっているようでしたら、無理せず休まれても構わないのですよ」


「ありがとうございます。おっしゃる通り、大切な行事を前にして体調を崩せませんね。少しの間は無理をせずに過ごすことにしますわ」


 今はロドルフの気遣いにほっとする。誰に対しても紳士的で思いやりのある彼。

 でもどれほど優しい人であろうと、私はこの悩みを打ち明けることはできない。誰かに頼りたくても、一人で抱えなくてはならないのだ。



 そうして始まった昼食会。どうやら先程話題に出たパーティの打ち合わせを兼ねているということらしい。

 私の隣にアリスが座り、向かいにはロドルフとロトスが並ぶ。久しぶりに会ったアリスは珍しく口数が少なく大人しい。


「神官から、最近のアリスは礼儀作法もしっかり身に付けていると聞いている。ラダクールを守る神子として、人々の手本になれるよう願っている私としては嬉しい限りだ」


 食事を始めると、ロドルフは彼女を見ながら褒めた。確かに横で見る限り、食事のマナーもそれなりに形になっているし、以前のように大声を出すこともない。

 ……というより、どこか不機嫌な様子にも見える。私と目を合わせることもしないし、まさかあの懐中時計の件が外れたことを気にしているのだろうか。


「今度開かれるパーティは、近隣諸国から要人を招いた大きな会だ。その大勢が集まる場で、君をラダクールの神子として大々的に紹介するつもりでいる。……アリスにはその理由はわかるかい?」


 ロドルフはそう質問を投げかけた。アリスはしばらく考える素振りを見せた後、「わかりません」と答える。


「ちなみに、リディア王女はわかりますか?」


「それは……周辺国への牽制が含まれているということでしょうか。あえて大きく取り合げ知らせることで、抑止力……国の防衛の一つになりうると」


 ロドルフはゆっくりと頷く


「その通りです。兵力だけでなく、未来を見通す神子がいると知らせることで、よからぬことを考える相手を封じることができると考えている。つまらぬ争いを生まず、平和を維持するために。……それだけアリスは我が国にとって重要な人物ということなのだよ」


「はぁ……」


 最後にアリスに顔を向けると、あまりピンときていないのか気の抜けた返事をする。


「兄上、アリスはいま慣れない作法の習得で大変な思いをしているんですよ。あの鬼のルチル夫人に厳しく指導を受けているんですから。難しい話はもう少し後にしましょう」


「そうだな……。アリスも大変だろうが頑張ってほしい」


 それからロドルフはそのパーティがどのような催しになるのか、食事を進めながら雑談混じりに話してくれた。一応予定されている内容はすでに聞かされているから、おおよその流れはわかっている。復習がてらに耳を傾けながら、私は自分の未来のことを考えた。



 先程ロドルフが語っていた、よからぬことを考えている国というのは、皮肉にもセダ王国そのものだ。


 このパーティのことは、一年近く前にセダへ知らせが届いていた。以前からラダクール王の体調悪化の噂があり、そこへ王太子であるロドルフの誕生日に併せて大きなパーティが開かれる。

 これは代替わりを見据えたものであると睨んだ私の父セダ王が、それを知って今回の奇襲作戦を打ち立てた。


 本来であれば外交官を行かせるところに、ロドルフの婚約者である私を婚前留学として行かせ参加させる。

 彼の隣に立つ婚約者の私であれば、よりロドルフの首を狙いやすいという理由だ。

 一同が集まる場で私が王太子の首をとり、その混乱に乗じてグレイが国王の首を取る。国の二つの頭を取られたラダクールに、セダがすぐさま攻め入るという作戦だ。


 しかしセダの誤算は、ラダクールに神子がいることを知らなかったことにある。でもそれは無理もない話だった。

 神子が発見されたのは私がセダを旅立つ少し前、それまで存在していなかったのだから、こちらも知るはずもない。


 私は前世を思い出してその知識を得たにもかかわらず、私はそのことを誰にも伝えられず、記憶が蘇った混乱の中で国を出ることになった。



 そしてとうとうその日を迎える日が間もなくとなる

 ゲームではそのパーティが催される一週間前に、神子の天眼によってセダの策略が暴かれることになる。


 ここで自棄になったリディアが、神子の力を恐れヒロインを殺そうとした。それがあの最後のシーンでもある。


 ここで私はどう行動して選ぶか。もちろん私はロドルフを殺すことなど考えていない。しかし先日の『懐中時計』の件を考えても、アリスが天眼でそれを見てしまう可能性は高いと思っている。



 どうしよう。もし亡命を考えるなら、もう時間の猶予はない。私は身の振り方について大きく悩むことになった





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