16.三人の茶会
その日、早く午前の予定を終えた私は、気晴らしに中庭を散歩していた。
外回廊を渡り、その近くにある花壇を見て歩く。花の香りに包まれて気分を回復していると、その先にある東屋にアリスの姿があった。その場にはフィンとロトスがいて、お茶をしながら何かを話しているようだ。
気分転換のつもりで庭まで来たけれど、アリスを見て足を止める。
あまり彼女に会いたくない。必要以上にグレイと接触させたくないという気持ちと、私自身が彼女に対して苦手意識を持ってしまったから。
「……やっぱり部屋で本を読むことにするわ。帰ったらお茶を用意してちょうだい」
あちらに気付かれる前に、私はグレイにそう言って踵を返した。彼が東屋に目を向けたのを見て、ちくりと胸が痛む。
……変に思われただろうか。
グレイにはアリスを避けていると思われたくない。もし彼がアリス側に気持ちが傾いているとしたら、私に対して密かに悪感情を募らせる可能性があるからだ。
結局その日は部屋を出ることなく、大人しく勉強と読書だけで過ごすことにした。読書と言ってもただ本を持っているだけで、それに目を落としながら別のことを考えている。
アリスは順調に周囲の人たちと交流を持ち、親交を深めているようだった。特にロトスとは気の合う兄妹のように見える時もある。
アリスはあの告白の後、私に対して気まずい様子を見せることなく、相変わらず私を聖堂に招いた。
彼を好きだという感情を隠そうともしない彼女と、私の横で笑顔で応対しているグレイ。そんな二人を見るたびに、私の心は疲弊していった。
「最近、あまり元気がないようだね」
そんなある日の午後、婚約者であるロドルフからそう声を掛けられた。この日はロドルフとロトスからお茶に誘われ、庭の見える小部屋で三人の茶会を開いていた。
「そのように見えておいでですか? お恥ずかしいかぎりです。もしかしたら少々疲れがたまってしまっていたのかもしれません」
「もしかして、アリスがまだ無理を言っているのではありませんか?」
ロドルフの口からアリスの名前が出たので思わず口を噤んでしまった。私がどう答えようかと言葉を濁していると、彼はわかっているというように首を振る。
「アリスが貴女を頻繁に招いていることは知っています。以前、私から話し相手になってほしいとお願いしたことで、気を遣わせてしまったのなら申し訳ない」
ロドルフの言葉に、嘘でも否定する言葉が出てこなかった。本当にしんどく思い始めていたから、自然と口が重くなってしまう。
「だから言ったじゃないですか。リディア王女には専属の侍女と護衛を付けて負担を軽くしてあげましょうと」
同じくテーブルを囲んでいたロトスが、そう口を挟んだ。
「アリスはグレイと話をしたいだけなんです。リディア王女を利用するような今の形は、とても失礼であると私も理解しています。しかし彼女の気持ちを知る者としてはそれを責める気にはなりません。
兄上とリディア王女が許せば、ラダクールにいる間はグレイにも個人的な時間を作ってあげられるはず。そうなれば、彼一人でアリスに会いに行けるでしょうし、それで二人の間を取り持てたとしたら素晴らしいことです。兄上達と並んで、セダとの関係をより強固なものにできるでしょう。
幸いにもグレイはノアール家の四男。もしグレイもアリスに思いがあるのなら、こちらへの婿入りをセダに打診されてみてはどうでしょうか」
アリスがロトスに相談していると言っていたけれど、まさか彼自身もここまで乗り気であることに驚く。
そして静かに話を聞いていたロドルフは、溜息をついてロトスに諭すように話しだした。
「そんなに物事は簡単ではないとわかっているだろう。まずノアール卿は我々のためにこの王宮にいるわけではない。魔獣討伐の件はこちらに協力してくれただけでありがたい話なのだ」
そう言って端で待機しているグレイに目を向けた。ただその眼差しはあまり好意的なものに思えず、ロドルフの真意もあまり読みとれない。
「建前はわかっています。しかし……」
「それに理由はそれだけではない。お前はアリスと彼の間を取り持とうとしているようだが、私は反対だ。もちろん神子であるアリスを崇める思いはある。ただしそれはこの国にのみ通用する話でしかない。今のままで他国の貴人の妻にさせるには、あまりに彼女は未熟すぎる」
厳しい表情でそう語るロドルフを、私は意外な気持ちで眺めていた。
今もアリスに対して厳しい面を見せ、グレイに対しても何かしらの考えを持っている様子を見せる。
それが私の記憶しているロドルフと違っていた。ゲームの中の彼はヒロインに対してもっと優しく、そしてクレイに対しては大きく心を許していたことを知っていたから。
「アリスがノアール卿に会いたいがために、貴女を聖堂に呼び寄せていると聞いて申し訳なく思っていた。彼女にもそういった理由で呼ぶことを止めるよう伝えていたが、情けないことに私の話など聞いていなかったらしい。
今は大神官含め聖堂の者たちに強く言い含めておいたから、今後はむやみに貴女を呼ぶことはないでしょう」
ロドルフのこの言葉に、私はほっと胸を撫でおろした。これでやっと彼女から解放されるかもしれない。
初めこそ、今後の為に彼女とお近づきになった方いいと思っていた。だけど彼女は転生者でもない上に、グレイまで好きになられて……グレイルートを歩もうとしている今では、私にとって危険な存在となっている。
もしかしたらロドルフが私をお茶に誘ってくれたのは、この話をして私の心の負担を軽くしてくれるつもりだったのかもしれない。強い立場にいるロドルフが私の味方でいてくれることは、とても心強く思えることだった。
しかし。
「神子様が新たな天眼を授かりました。グレイ様に関するお話とのことで、ロドルフ様と神子様がお呼びになられています」
それから日も経たないある朝、ちょうど朝の紅茶を飲み終えたところで、使いの神官が訪れそう告げた。
まさかこれが、私とアリスの関係が完全に終わってしまう話になるとは、この時には思ってもいなかった。




