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14.アリスの恋

 


 私の持つゲーム知識とは若干異なるけれど、『プロフィティア』としての物語は順当に進んでいるようだった。


 ストーリー上、必ず通る魔獣討伐イベントが過ぎた後は、終盤のイベント以外ヒロインの辿るルートで個別イベントが発生するようになる。

 気になる人と逢瀬を繰り返し、そのキャラとのイベントを起こして攻略していくような形だ。



 その流れを知っている私は最近気になることがあった。アリスがやたらと私を聖堂に呼ぶようになったのだ。


 何となく嫌な予感はしていた。魔獣討伐で親しくなったという、グレイ目当てで私に声をかけているのではないかと。

 ゲームを思い返してみると、クレイに会いたい時はリディアを誘うところから始まっていた。そのうちリディアを挟まなくても個人的に会えるようになるけれど、それまではこの手順を踏まなければならない。


 そういうわけである程度の予想はついていたけれど、アリスとの良好な関係は保っておきたいと考えて、誘われるままに赴いていた。




 ◇




「いらっしゃい、グレイさん! そしてリディア様も」


 その日もアリスにお呼ばれされていた。いつの間にか最初に呼びかけるのはグレイになり、私はおまけのようになっている。

 いつものように私とグレイは彼女の前に座った。



「今日はまた素敵な耳飾りをしていますね」


 私はアリスの耳を見てそう話しかけた。赤い宝玉を連ねた大きな耳飾りは、ふんわりとした空色の神衣とは不釣り合いに見える。

 お洒落を楽しみたいらしく、よく付け変えしている耳飾りを褒めることはここ最近の定番の挨拶だ。


「良かった! ね、グレイさんもそう思う?」


「ええ、とてもお似合いになられていますよ」


 にっこりと笑ってグレイが応える。彼がアリスをどう思っているのかまで読めないけれど、アリスは明らかにグレイに好意を寄せていることは見ていてわかる。



「神子だと耳飾りしかお洒落が出来ないから本当に残念。リディア様はいいなぁ、たくさんのドレスや宝石をいっぱい買ってもらえて、好きなように着飾れるでしょ? 私も神子じゃなくてラダクールのお姫様として生まれたかった」


 アリスの言葉に、側近のフィンが珍しく叱り声を上げた。


「アリス様、さすがにその言葉はいただけませんよ。神子様は神子であるからこそ、こちらにおいでになられているのです。その自覚をお忘れなきよう」


 やや厳しい口調でフィンが彼女を諫める。その言葉に胸が梳く思いをして、私は今彼女に対して不快感を抱いたのだと気が付いた。




 ◇

 ◇

 ◇




『ねーママ。私も凛ちゃんみたいに学校お休みしたい。ずるいよ』


『わがまま言わないの。凛ちゃんはご病気だから仕方がないのよ。もう夏休みも終わりでしょう、宿題は終わったの?』


 私が凛という名で日本に住んでいた頃。ふと、こんなことがあったな、と昔のことを思い出した。夏休みに帰省していた従妹の言葉。


『凜ちゃんだけゲーム買ってもらってずるい! パパ、私にも買って』


『この子は外で遊べないからしょうがないんだよ。お前もいい子にしていたら、もしかしたらクリスマスに貰えるかもしれないぞ』



 今にして思えば、何てことのない子供の戯言。夏休みが終わりに近付いて、ちょっと駄々をこねただけの子供らしい発言。

 自分ではわかっていなかったけれど、あの時の私は少しだけ傷付いていた。学校に行きたくても行けないのに、外で遊ぶことだって出来ないのに。どうしてずるいって言うの? と悲しかったのだと思う。



 あの時の感情に似たものを、近頃のアリスに対して感じていた。ずるいと直接言われたことはないけれど、グレイの話になると私を羨ましがり、あれこれ言ってくるので今では苦手に思い始めている。


 彼女の発言はあまりに無遠慮で、周囲に対してあまり頓着がない。よく言えば素直で正直者、悪く言えば自己中心的とも言える。



 私だってこんな捨て駒の役割から解放されたい。好きなように物は与えられたけれど、自由などなかったし未来だって決められている。

 ここまでひどくは無いにしろ、ラダクールの王女に生まれたとしてもきっと変わらない。王家のしがらみや苦労など、アリスには知る由もないだろう。


 もちろん私だって、アリスの苦労を本当に理解することはできない。平民の生活も、神子として国に囲われたアリスの心情だって、私には知ることができない。


 だからこそ、無いものねだりの言葉を何度も聞かされることは苦痛だった。彼女の素直な言葉は、私の心を少しずつ削りうんざりとさせていた。




 ◇

 ◇

 ◇




 いつものようにアリスはグレイを相手に楽しそうに盛り上がり、そろそろ時間を気にしなければならなくなった頃にアリスが手を後ろに隠した。


「グレイさん、ちょっと手を出して」


 いたずらっ子のように笑って、アリスがそうお願いをする。

 言われた通りにグレイが手を出すと、そこに一つの果物がポンと乗せられた。


「これグレイさんに食べてもらいたくて、特別に一個丸ごともらったんです! これって町では滅多に見かけない珍しい果物だから、是非食べてほしくて! あ、よかったらリディア様にも分けてあげてくださいね!」


 

 それは確かに高価な果物ではあるけれど、貴族の食卓ではそこまで珍しいものではなかった。でもアリスにとってはとても希少なもので、それを心から彼にあげたかったのだろう。


 私の中で、自分でもよくわからない(にが)い感情が湧き上がる。

 今まで感じたことのないような嫌な気持ち。胸がチリチリと焼かれているような不快感を、その時に感じていた。




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