9.神子=転生者?
その日の午前は、王弟夫妻と第二王子ロトスとの懇談が予定されていた。
初めに王弟夫妻の元を訪れ一時間ほどお話をし、これから応接室でロトスと会うことになる
今日からはロドルフは同席せず、侍女の案内のもとグレイを連れて向うことになった。
部屋に入ると、ロトスは初めから砕けた様子で人懐っこい笑顔で迎えてくれた。
「改めまして、ようこそラダクールへおいでくださいました。二年前にお会いしてから、さらにお美しくなり驚いています」
初日に顔を合わせているため、挨拶を済ませた後はすぐに打ち解けたように軽い雑談に入る。ここでの生活のことや、流行の物や人気のあるもの
お互いに若いせいか、軽い話題で弾む。
どうやらロトスも、ゲームでの性格と変わらないようだ。シリアスな物語の中で、明るくムードメーカーだった第二王子。
ゲームヒロインより二つ年上だったはずだから、私と同じ十八歳だ。
「昨日はアリスと会ったようですが、彼女の勢いには驚かれたのではないですか?」
ロトスはそう言っていたずらっぽく笑う。ロドルフはどちらかといえば手を焼いている様子だったけれど、ロトスはどうもそれを面白がっている様子だ。
「そうですね、とても元気な女の子で初めは驚きました。とても新鮮な印象を受けましたわ」
「兄はまた小言ばかりでしたか? お堅い兄が彼女に振り回されている様子は、見ていてなかなか面白いものです」
私が言葉を選びながら応えると、くっくっと笑いながら教えてくれる。確かに彼女の前では、王太子という身分などあまり役には立たなそうだ。
昨日、彼女と会ってから考えていたことがあった。それは、彼女の性格について。
まず『プロフィティア』には三種類のヒロインが存在していた。
ゲームを始めると、その世界に降り立つ前に〈世界の声〉から質問をされる。いくつかの問いに答えていくと、その傾向に沿ったヒロインがゲーム内に降り立つ感じだった。
〈陽気/ポジティブ〉〈温和/マイルド〉〈冷静/クール〉に振り分けられ、それによってヒロインの性格と口調、そして会話の内容が変わるというシステム。
昨日のアリスを見る限り、どうやら陽気タイプのヒロインのようだと判断した。
私のプレイ歴では〈温和〉か〈冷静〉になることが多く、〈陽気〉タイプは一度くらいしか経験していない。
あんな感じだったっけ?と違和感を覚えるものの、どう見ても温和や冷静タイプでないので、私もそのつもりで接していこうと考えていた。
ロトスとの話を終えた後、最後にアリスの住む聖堂へ赴いた。これは王宮側で組まれた予定ではなく、個人的に訪問を申し入れていたものだ。
「昨日はラダクールの神子様にお会いしたのよ。元々は地方の町に住んでいたらしくて、とても元気な女の子なの。あまりに元気なものだからグレイは驚くかもしれないわ」
向かう馬車の中で、グレイにどういった人物かを伝えておく。
昨日会ったばかりだというのに、今日もヒロインに会いに行くのは、今後に関わる大事な話をしたかったから。それですぐに私の方から面会を希望した。
今日は大神官の姿はなく、一人の神官に出迎えられて彼女の待つ部屋に通される。
「こんにちは! 今日も来てくれるというお話だったので、お菓子を用意して待っていました!」
彼女は私の顔を見たとたん、大きな声で挨拶をされた。来るとわかっていても、その声量には圧倒されてしまう。
「あれ、隣の人は誰ですか? 昨日は会いませんでしたね」
興味津々といった様子のアリスに、彼女の側に控えていた神官が慌てて彼女の言葉遣いを注意する。
神官フィン。彼もまた攻略キャラの一人で、ヒロインの側近として仕えている。どうやらこの様子を見る限り、彼もアリスの教育には苦労していそうだ。
「従者のグレイです。昨日はロドルフ様にご案内されましたので連れていませんでしたが、セダ王国から私と共に来たものです」
そう答えてから、あれ?と思った。
昨日のアリスとの初顔合わせで、グレイがその場にいなかったことが“変”だと、そこで気付いた。
ゲームの展開通りなら、昨日ロドルフが私を紹介した時、グレイもそこにいたはずだ。
……変わってる。
自分の手のひらが、じわりと汗ばむのがわかった。
「グレイ・ノアールと申します。こうして神子様にお目通りできたことを光栄に思います」
「グレイさんっていうのね。今はロドルフ様もいないし、もっと普通におしゃべりしましょうよ。私、堅苦しいのは苦手」
そういってアリスは一人ソファに座る。私たちに対して、申し訳なさそうに謝りながら席を促すフィンに少し同情してしまう。彼女を成長させるには、なかなか先は長く大変そうだ。
「ねぇ、グレイさんは珍しい髪の色をしているんだね。黒髪の人なんて初めて見た」
昨日は私のドレスや装飾品に興味を持っていたようだけれど、今日はグレイが気になるらしい。
しかし彼はその言葉に頷き、短い言葉で返事をする。
「……神子様は、一週間ほど前にこちらに来たとおっしゃっていましたね。慣れない環境でご苦労されているのでは?」
グレイの代わりに私が言葉を繋いだ。あなたの話し相手は私だとわかってもらうために、こちらが話をリードすることにする。
「そうなんです! 小さな町で市場の売子をやっていた私に、貴族のように振る舞えと言われたって出来っこないです。それなのにロドルフ様ってば、そんなことも考えてくれないんだから嫌になっちゃう!……あ、リディア様の婚約者なのにごめんなさい」
「いえ、構いませんわ。やはりご苦労をされているのですね。もしよろしければ神子様がどのような経緯でこちらに来ることになったのか、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
私がそう尋ねると、アリスは喋りたかったと言わんばかりに色々と語ってくれた。生まれた町は小さく貧しい家が多かったこと。そこで両親を早くに亡くし、別の町に住む親戚の家で育てられたこと。
そして一か月前、突然手の甲に不思議な紋様が現れ、それが神子の証だとして王宮に連れてこられたこと。それらを身振り手振りで話してくれた。
私はそれらの話を興味深く聞いた。これはゲームでは語られていないヒロインの背景だ。
というのも、ゲームスタート時に〈世界の声〉からいくつか質問をされたあとは、日本人の記憶が蘇ったところから物語が始まる。そこからすぐに王宮に迎えられるため、ヒロインの居た環境など知ることなく物語が始まるのだ。
「ではその紋様が見えた時に、前世の記憶が蘇ったりしたのでしょうか?」
アリスがなかなか前世の話をしないため、私は単調直入に話を振ってみた。
今日私がここに来た理由はこれが聞きたかったから。これからの展開を考えて、一番初めに確認しておきたかったこと。
アリスが私と同じく、前世が日本人であるかどうかの確認。最重要で一番最初に確認しておくべきことだと考えていた。
『転生の予言者』は、本当にあちらの世界から転生しているのか。それとも単に転生者という設定というだけで、私がいた世界とは繋がっていないのか。
話を聞いてそれを見極めたいと思っていた。しかし彼女の口からは予想外の言葉が飛び出る。
「前世? 一体何の話ですか?」
心底意味がわからないといった様子で、アリスは首を傾げた。




