プロローグ
久しぶりの投稿です。よろしくお願いいたします。
私は今日、生贄としてこの国を旅立つ。
セダ王国の王女として生まれ、十八年をこの王宮で過ごした。何不自由なく、私の望んだことを全て叶えてくれていたのは、私が国の犠牲になることが決まっていたから。
「とうとう悲願を叶える時が来た。リディア、お前に全てがかかっている」
「承知しております。……敬愛なるお父様、そしてお母様。ここまで私を産み育ててくださったことを心より感謝申し上げます。十八年という、長いようで短い時を共に過ごせたことは幸せでした」
感情のこもらない声で最後の挨拶を交わした。これから私は、この王宮を出て敵国ラダクール王国へと向かう。
玉座に座る父、その隣に座る母。そしてその横には兄三人が並び立ち、私の別れの言葉を聞いている。
「お前には本当に酷な事を強いていると思っている。しかしそれもセダの雪辱を果たすため。戦に散った我が国の民と、冷酷なラダクールの犠牲となった我が叔父に報いるため、お前には必ず王太子ロドルフを打ち取ってもらわなければならない」
父の悲願。それは歴史上幾度となく争ってきた、隣国ラダクールへの奇襲。
私をラダクールの王太子の婚約者に仕立て上げ、次期国王となる男を殺させるという、なりふり構わない策略を打ち立てた。
私はこれまで、憎きラダクールを討つため生贄になることに躊躇いなどなかった。進んで命を捧げ、王太子ロドルフを討ち取るつもりでいた。
あの日、前世の記憶を思い出すまでは。
「では、行ってまいります」
その記憶が戻ったのは、ラダクールへ旅立つ一か月前。全ての準備が整った今になって、後戻りなど出来はしなかった。
私は焦りと戸惑いを抱えたまま、今日という日を迎えていた。
私を直視できないのか、目を伏せている母と兄たち。やはり血を分けた娘、妹を死地へ向かわせることに罪悪感があるのだろう。
最後の挨拶を交わして部屋を出て行こうとすると、三番目の兄が声を上げた。
「リディア!」
悲痛な面持ちで私の顔を見る。目が赤く、涙をこらえるよう瞬きをしている。
「……リディアがこれからの日々を幸せに過ごせるよう、心を込めて毎日祈るから」
この作戦を最後まで反対してくれたレオンお兄様。歳の離れた他の兄と違い、年齢が一つ違いという事もあって一番仲良く遊んで育ってきた。
「グレイ。どうかリディアのことを頼む。お願いだから守り切ってくれ」
レオンお兄様は、私の後ろに控える護衛騎士に声を掛けた。
ラダクールの地に入るのは、私とこの騎士二人だけ。無茶な願いだとわかっているのに、妹思いの兄は言わずにいられなかったのかもしれない。
「承知しました」
いつものように、微かな笑みを浮かべて騎士が応えた。
相変わらず何を考えているのかわからない男。私はそんな彼が苦手だった。でもこの時ばかりは、いつもと変わらない彼をみてどこか安心した気持ちになった。
この沈んだ空気が、なんとなく軽くなったような気がして。
「……どうか皆さまもお元気で」
そうして私は、王宮から旅立つことになった。