オープンカーなんてベタすぎる ーTNstory
「うおおおおお。すごい! すごい! 何これ!」
と叫ぶぼくの横で、スマホカメラを構えたターがぽつりとつぶやいた。
「ほんと、すごいな」
その言い方で、ターが喜んでいるのがわかった。よかった。ターは横で盛んにカメラのシャッターを切っている。
オープンカーがこんなにも風を受けるとは知らなくて、ぼくもターも髪の毛がぐちゃぐちゃだ。風の音で会話もままならない。わざわざ運転手付きにして、隣に座っているというのに、ぜんぜん聞こえないから!
8月といえば下旬でも残暑厳しいはずなのに、今日は思ったより涼しい。日が落ちてからは、少し秋の気配さえする。昨日までは、雨が降る予報だったのに、運良く曇り空で、まだ雨は降ってこない。
びゅんびゅんと受ける海風が心地よい。とにかく風の勢いが笑っちゃうほどすごくて、声が聞こえずらいことを理由に、ターとの距離をつめた。海沿いの道、ふと視界が開けて、きらきらとしたビル群が目に入る。
「わー」
ぼくは思わず声が出た。ビルの明かり、観覧車のイルミネーション、それらがまた海面に反射して揺れていて、幻想的な世界のなかを猛スピードで駆け抜けていく。
ふわふわと現実感がない世界。でももしかして、ぼくたちを外から見たらこう見えるんじゃないかな。目まぐるしく移り変わるきらきらした世界の中を忙しく二人で通りすぎていく。今はこのカラフルな明かりに照らされてぼくたちも輝いてみえるかもしれない。でもこの夜景のように、あっという間に世界が変わっていくんだね。きらきらしたその先に何があるのかわからない。それに。鈍感なぼくだけ、振り落とされて暗い世界に沈んでいくかもしれない。この今の現実感のなさが少し怖い。漠然とした不安に覆われそうになって、ぼくはターの膝に手を伸ばして服をぎゅっとつかんだ。
ターが構えていたスマホを下ろしたので、ぼくはターと目を合わせた。
ター、ぼくたちはほとんど言葉にしない。最近はとくに。でも、ぼくの気持ちは変わってないよ。人気者でみんなから愛される君を本当は独占したい。そして。君もずっと変わらずぼくを見ていてほしいんだよ。
なんて、口にはできないよね。キャラじゃないし。ぼくは服をつかんでいた手をゆるめて、視線を夜景に戻した。
その瞬間、がっと肩を抱かれた。顔が近づき、
「どんだけ長くいると思ってるんだよ、バカ。……お前だけだよ」
そう、耳元で囁かれた。え? びっくりして、ターを見たら、全力で目をそらされた。
「何が? ねえ、何の話?」
うれしい話が聞けるんじゃないかと、聞き返したのに、けっきょく何も言ってくれなかった。お前だけってそういうこと? その言葉、都合よく解釈して信じていいのかな。ああ、この二人の時が続けばいいのに、ずっとこの夜景を見ていたい、そう思ったぼくの肩を、ターはもう一度強く抱いてくれた。