にんぎょう
人形が、きらいだ。
人ではないくせに、人の形をした、物体。
人形が、きらいだ。
人の手で作られた、命のない、物体。
人形が、きらいだ。
人が何らかの思惑を籠めた、物体。
ただの物体であるくせに、何かありそうな。
ただの物体であるくせに、何か考えていそうな。
ただの物体であるくせに、何か踊りだしそうな。
人ではないくせに、命を思わせるのが不愉快だ。
ただの物質のくせに、一人前に衰えていく。
ただの物質のくせに、一人前に寂しさを漂わせる。
ただの物質のくせに、一人前に感情を揺さぶる。
会って、愛でて。
飾って、愛でて。
眺めて、愛でて。
触って、愛でて。
撮って、愛でて。
見て、喜んで。
見て、悩んで。
見て、困って。
見て、泣いて。
見て、諦めて。
汚れて、洗って。
汚れて、洗えないで。
汚れて、そのままで。
命を持たないくせに、命の儚さを訴えかける。
汚れて、洗って、キレイになって。
汚れて、洗って、キレイにならずに。
汚れて、洗って、キレイになって、綻びて。
汚れて、洗って、キレイにならずに、壊れて。
人形が、キライだ。
何も言わずに、何かを悟らせようとする人形が、キライだ。
何も言わないくせに、何かを感じ取れと睨み付ける人形が、キライだ。
何も言わないで存在しているだけなのに、こころの弱い人をいつの間にか追い込んでしまう人形が、キライだ。
何も言わないでされるがままだったくせに、ある日いきなり姿を崩壊させる人形が、キライだ。
ああ…忌々しい。
なんで、人形は、こんなにもニコニコしているんだ。
なんで、人形は、こんなにもしかめっ面をしているんだ。
なんで、人形は、こんなにも悲しそうに遠くを見つめているんだ。
なんで、人形は、こんなにも表情を変えずに自分の横に居続けるんだ。
こんなにも、俺が……愛しているというのに。
なんで、人形は、俺を見ないんだ。
なんで、人形は、俺に言葉をくれないんだ。
なんで、人形は、俺を抱きしめ返してくれないんだ。
人形が、キライだ。
俺のささやく愛をスルーする、人形がキライだ。
俺の魂の叫びに何も返さない、人形がキライだ。
俺の涙の訴えを聞いても動き出さない、人形がキライだ。
人形は、キライだ。
人形は、何を言っても、何も言わない。
人形は、ナニをしても、何も言わない。
人形は、なにを考えていても、逃げ出さない。
俺は、黙ったまま空を仰ぐ人形に、手を伸ばした。
……大嫌いな人形は、いつもと変わらず、俺に抱き締められている。
……大嫌いな人形は、いきなり喋りだしたりせず、いつものように俺に抱き締められている。
……大嫌いな人形は、いきなり抱きしめ返したりせず、いつものように俺に抱き締められている。
……クソっ、イライラする。
苛立ちを感じた俺が、ひときわ乱暴に愛する嫁を抱きしめた瞬間。
ご、ごとっ…、ぼてっ!
俺の大嫌いな、人形の、首が、落ちた。