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ヴェルムは何も答えられなかった。そもそも精霊に関して、自分が知っていることが正しいかどうかもわからない。研究を、と言ったところで具体的には何も考えていない状態だった。
「ヴェルム様、学生というのは気ままにしていい時期ではありません。成人として働くための実力を身につけるための場です。卒業のための単位さえ取れればいい、という考えの者は大抵成人後に使えない人材と判断されます」
ここまで聞いてターニャが口を出した。
「ベッカー先生、それは明言してはいけない内容ではないのですか?」
「許される場合は3つある。1つは入学前のマナー講座。1つは生徒から明確に質問を受けた場合。もう1つが生徒が未熟さ故に危険にさらされそうな場合だ。この情報は解釈によっては謀反を疑われかねない。この学園は王宮の縮図のようなものだ。ヴェルム様が王家にとってプラスにならないのであれば、早々に対処すべしという考えの者もいるのです。王太子派の中でも極端な者達ですが」
「王太子派があるということは、第2王子派もあるということですか?」
「当然ありますよ。少々頼りないヴェルム様を王にした方が都合がいい、という者が多いようですが」
ヴェルムは顔面蒼白だった。自分を擁立しようとする者がいるなんて考えたことがなかった。王太子である兄と比べて自分は全てにおいて劣っていると感じていた。だから、自分を王に、と考えたこともなかったが、劣っているが故に王にしたいものがいる、という考えは、言われるまで気づけなかったことは悔しいが、実際ありそうなことではあった。
ターニャの決断は早かった。
「ベッカー先生、私が刺繍の文様の研究のため隣国への留学を考えていることはご存じですよね?」
「ええ。ほとんどの教員が学生の研究したい内容を共有していますから」
「その留学を早めることはできますか?」
その言葉に驚いたのはヴェルムだった。
「ターニャ様、いきなりどうされたのです?」
ターニャはため息をこらえて答えた。
「ヴェルム様、私は友人のおかげで穏健派に属させていただいております。第二王子派とみなされたくはありませんし、友人を巻き込むわけにも参りません。ヴェルム様の精霊の研究が形になるまで、距離をおかせていただきたいと思います」
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