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リアムはもうヴェルムのことを見限っていた。
「どうせ殿下に側近が付くことはないでしょう?いくら私が王の側近にふさわしくあろうと努力しても殿下はいずれ臣籍降下されます。その後は殿下に側近など付かないのですから。でも王族でいらっしゃる間は側近候補はいないと体面が悪いからと、適当に選ばれたのが私なのでしょう?わざわざ私にいろいろな噂を教えてくれる方も多いのです」
「なるほど」
リアムがヴェルムから離れたのは、ヴェルムの態度だけが原因だったわけではないらしい。学園入学後にリアム自身の不安定な立場をわざわざ教えた者がいたらしい。親切心のつもりからのお節介なのか、側近候補に対するやっかみから陥れようとしたか、ヴェルムを量るためにリアムを試したか。誰のどんな意図が働いていたか、後で確認しようとフィリップは考えた。だが今はリアムのことである。
「つまりリアム様は、ヴェルム様の側近候補として努めるのではなく、自分の立場を守ろうとしていたということですね」
フィリップにそういわれるとリアムは気まずく感じた。そのように言われると自分勝手なことをしていたように感じられる。確かに行動を共にすることをやめるならば、はっきりと側近候補を降りると断りを入れてからにするべきなのだ。はっきりと言わなかったのは、どこかでヴェルムが規則を守るようになれば、また側近候補として動こうという考えがあったのかもしれない。とはいうものの、あわよくば側近候補を続けるつもりだったのか、と問われればリアムは否定するだろう。否定しなければリアムの立場が悪くなる。それ位はわかっていた。だから、フィリップの問いに対しては取り繕って答えようとした。
「いえ、私が何度も殿下を注意したせいで、殿下はかえって意地になっていたように思ったので、あえて離れていたのです」
さんざんヴェルムのことを愚痴った後でその言い訳もどうかという感じだが、とりあえずそれなりの建前はなくてはならない。
「ただ、私のやり方では殿下を矯正することはできなかったわけですから、側近候補は辞退させて頂こうと思います」
そういうことにしておけばヴェルムに対する諫言の一環として離れていたが、うまくいかなかったので力不足を理由に辞任となる。リアムの立場とすれば一番穏便な方法だろう。今後ヴェルムが目覚ましく変わればリアムの能力があまりにも不足していたと認識されてしまうかもしれない。が、今の時点ではヴェルムに人を仕えさせる能力が不足していると認識されるだろうし、ヴェルムがそれほどまでに変われるとも思えなかった。
「そういうことなら側近候補辞退の件についてはリアム様から必要な方々に報告した方がいいだろう。ヴェルム様とはもう一度私がしっかり話し合ってみよう」
ヴェルムのことをリアムに相談する、というフィリップの目論見はかえってリアムの側近候補辞退のきっかけになってしまったようだった。今後ヴェルムとどう話したらいいか、悩んでいたフィリップだったが、ヴェルムの方から『相談に乗って欲しい』と声をかけてきたのである。




