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翌日ターニャはファビエンヌと魔術科について話した。前日に、魔術科でどのようなことがあったか後で教えるようにとファビエンヌと約束させられていたのだ。
「やはり、精霊石は光ったのですか?」
興味津々に尋ねるファビエンヌだが、そういえば、とターニャは思った。
「精霊石に触れることもなく、先生方と少しお話しただけで終わってしまいましたね」
精霊石を光らせたとして変に注目を集めてしまい、ほとぼりが冷めるまでは、と避けていれば転科をほのめかされ、どういうことになるのか不安に苛まれながら研究室を訪れたのに、結果としてはほんの少し話しただけで終わってしまったのだ。思わず、という感じで言葉がこぼれた。
「精霊様を信じていることって、そんなにおかしなことなのでしょうか。私には精霊様に感謝しないでいられることの方が信じられないのですが」
ファビエンヌはその言葉を聞き、話し始めた。
「ターニャ様はお食事の度に精霊への感謝の言葉を捧げてますものね。確かに精霊に真剣に感謝をしている方のことはあまり聞いたことがありません。しかし『精霊に感謝を』と言う方はいない訳ではありません。確か、かなり高齢でしきたりを頑なに守ろうとする方ですと、精霊様への感謝を忘れてはいけない、と周囲にも話されると聞いたことがあります」
ターニャには思いがけない話だった。すっかり精霊様のことを信じる人はいないのかと思っていたのだ。
「でもそれは、その方以外にはやはり精霊様は迷信のように思われているということですよね」
そのように精霊様を信じている人は貴族の中でもそれなりにいるのだろうか、街の中でもいるのだろうか。そのように信じる人がいるのならば、なぜ精霊様の加護は失われてしまったのだろうか。考えれば考える程わからないことばかりになっていく。
「その方、というよりはそのような方々、ですね」
ファビエンヌもターニャという身近な人間が精霊を信じているという事実に戸惑いを覚えていた。精霊様に感謝をしなさいと口うるさく言う迷信に凝り固まった老害とも感じられるあの人々の言うことには何か根拠があったのだろうか?2人ともに思考の波にのまれそうになったが、ターニャが話を変えた。
「今私たちが考えてもすぐ解決することではありませんよね。ベッカー先生がいろいろと調べて下さるそうですから、その結果を楽しみにいたしましょう。それよりもファビエンヌ様、私、寮の室長のアネット様がファビエンヌ様と親しいとお聞きしましたの。今まで全然気が付きませんでした」
そう、ターニャは人脈を作ることの大切さは理解はしていたが実感はしていなかった。淑女科はこの1か月、ただミリアに振り回されていたのだ。
「ターニャ様は上級生や貴族の家同士の関係までは把握しきれていないのでしょう?どのように情報収集されるか、楽しみにさせて頂きますわ。私が教えて差し上げるのは簡単ですが、それではつまらないでしょう?」
情報収集の能力は貴族の社会で生きていく上では欠かせない。純粋な楽しみか、わかりにくい親切か、ファビエンヌは簡単には情報を与えてはくれないのだった。




