6
「かーさん、わたしレスコー商会で見習いになれないんだって。」
村に商人が来た日、ターニャはぼろぼろ涙を流しながら帰宅し、母親にそう言った。
「あぁ、もう聞いちまったのかい。」
母親としては、レスコー商会では、「親ときちんと話をしろ」などと言って子供の夢を壊すような断り方はしないと思っていたのだが、商人とはそう甘いものではなかったようだ。思わずため息が出てしまった。
「ターニャのことは、母さんたちも考えているんだよ。そもそもターニャはレスコー商会に入りたいのかい?それとも刺繍をしたいのかい?」
「え?」
ターニャにとっては刺繍をすることイコールレスコー商会に入ることだった。その二つを分けて考えたことがなかった。
「レスコー商会に入らなくても刺繍できるの?」
「まあ、刺繍だけってわけにはいかないだろう。でも、母さんや父さんが考えているところなら、少なくともこの村にいるよりかは縫物ができるだろうよ。」
「どこなの?」
「それは父さんやイサークが帰ってきてからね。夜ゆっくり話そう。」
イサークはターニャの兄である。ターニャより4つ上の10歳で、父の畑仕事を手伝っている。父の畑は、将来イサークが継ぐ予定である。
その日、父と兄が帰ってくるなりターニャは駆け寄って尋ねた。
「とーさん、私、どこで見習いしたらいいの?どこなら刺繍できるようになるの?」
「ターニャ、父さんもイサークも畑から帰ったばかりよ。汚れを落として、夕飯を食べながらゆっくり話しましょう。」
汚れを落とすといっても風呂があるわけではない。濡らした手拭いで顔をぬぐい、桶の水で手足を洗えば終わりである。そしていつも通りのスープとパンの夕食を食べながら、見習い先について話し始めた。
「まず確認しよう。ターニャ、お前はレスコー商会に入りたいのかい?それとも刺繍をしたいのかい?」
「私は刺繍をしたい。この袋の鳥みたいな刺繍をしたいの。」
ターニャは例の袋を見せた。ターニャの宝物である。だが、両親はそれだけで見習い先を決めることに不安があった。
「ターニャが見たことのある刺繍はその袋くらいだろう。本当にそれを一生の仕事にしていいのかい?」
「うん!」
間髪をいれない答えだった。だからこそ、両親は不安だった。一つのことだけにとらわれて、他のことを考えもしない様子は、子供らしくはあったが、親としてはそのまま受け入れられるものではなかった。だからターニャの両親は、ターニャが納得でき、かつ刺繍以外の技術も身につけられそうな見習い先を1年かけて探してきた。