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寮でヴェルムは室長から


「室長のフィリップです。ヴェルム様、よろしくお願いします」


と自己紹介された。本来ならば確認の意味を込めて相手の名を呼び、


「フィリップ様ですね。ヴェルムです。こちらこそよろしく」


と返すべきであった。それを


「ヴェルムだ。よろしく頼む」


としか言わなかった。これは相手の名を覚える気はないという意味にとられても仕方がない言い方だった。ヴェルムとて正しい挨拶の仕方くらいはわかっている。だが、自分より身分が下の、侯爵家のフィリップに対し、「フィリップ様」と呼びかけることはできなかった。ヴェルムはそんな自分を情けなく感じるが故に、余計に虚勢を張ってしまうのだった。


フィリップは、


「ヴェルム様、学園の規則はご存じですよね?今の様子では今後の生活に不安を感じるのですが、大丈夫ですか?室長はその部屋のメンバーの相談役のような仕事もしております。お困りのことがありましたらご相談ください」


と声をかけた。内心では


(様づけするのに抵抗があるからってその言い方はダメだろう。規則を守ろうともしない傲慢な人間と見られてしまう。しばらくは様子を見てもいいと言われているが、早々に手を打たないと王族全体が悪い印象を与えてしまう可能性がある。ヴェルム様はそこをわかっていらっしゃるのだろうか)


とため息をついていた。


入学後、ヴェルムの態度が問題視されるのではないかと危惧されていた。が、案に相違してヴェルムのことはあまり話題にされなかった。というのも、ヴェルムの態度など問題とも感じられなくなってしまう程の更なる問題児がいたからだ。そう、ミリアである。


ミリアのことは入学初日に女生徒の寮で、翌日には男子寮で注意喚起されていた。当然貴族らしく、ぼかした言い方ではあったが。

その言い方でもわかった男子生徒は当然ミリアに警戒した。やけに馴れ馴れしい女生徒がいれば必要以上に話さない。男女間の正しい距離感を保つなど、当たり前のことを徹底するようにした。一歩間違えれば貴族としてのマナーも分からない女生徒と交際関係にあると噂されてしまうかもしれないのだ。将来のことを真剣に考える者ほどミリアに素っ気ない態度を取っていた。

だが、貴族的な言い方を理解しきれないでいるヴェルムは、皆がミリアに対し素っ気ないことに困惑を覚えていた。ヴェルムには、ミリアはマナーがわからないなりに必死に教えてくれる人間を探しているように感じられた。マナーは確かに淑女としては落第だが、知らないものは仕方がないだろう。知らないで困っている者を教え導くことは王族として、正しい姿ではないかと思えた。

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