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ヴェルムは決して優秀な王子ではなかった。生来の優しさというものも、人によっては優柔不断と判断されるものだ。また、ミリアへの言葉でもわかるのだが、本来学園では全員「様づけ」で呼ぶ規則だが、自分は王族であるからそこまで厳しくは言われないであろうと思っていた。本当はヴェルムも「様づけ」で呼ぶべきだとは思っていたのだが、側近候補のリアムを「リアム様」と呼ぶことができなかったのだ。入学試験後にリアムに
「入学したら殿下も他の方を様づけで呼ばないといけませんねえ。私も同時に入学するわけですが、私のこと『リアム様』って呼べますか?」
と訊かれた。
「様づけ?そんな呼び方をしたら侮られてしまうのではないか?」
「でも規則ですからねえ。王太子殿下の時はどうされていたのでしょうねえ」
「そういう情報収集もお前の仕事だろう」
「いやあ、そんなこと言われても人には向き不向きというものがありますから…」
というような会話があったのだ。
ヴェルムには優秀な兄がいた。年が8歳も離れていたこともあり、ヴェルムにとって兄はあこがれる対象ではあっても、決して同等の、競い合う対象ではなかった。兄が優秀であったがためにヴェルムは周囲から期待されることもなく、どちらかと言うと、凡庸であることを喜ばれていた。ヴェルムもそれを感じ取っていて、期待されない自分をつまらないと思いつつも、それでも期待されるようになりたいと思っていた。だが、兄やその側近が優秀すぎることもあり、自分はだめな人間だと感じていた。だからこそ、余計に虚勢を張ってしまうところがあった。王太子は在学中は身分を感じさせるような振る舞いはせず、誰に対しても様づけをしていた。どちらかと言えば王族ではない自分を演じているかのような感覚で、それを楽しんでいた。が、ヴェルムにとっては、様づけすることは自分が相手よりも下だと認めるかのように感じられることで、どうしてもできなかったのだ。
当然教員はこのヴェルムの態度を問題視していた。試験直後のリアムとの会話は、ヴェルムたちの知らぬ間に護衛から報告がされており、入学後の様子は注視されていた。寮のヴェルムの部屋の室長にはヴェルムをいい方向へと導いてほしいと伝えられていた。
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