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「ねえ、おじさん。私ね、ずいぶん縫物の練習もしたし、字もだいぶ読めるようになったんだよ。」


またレスコー商会が村にやって来た。ターニャは前回刺繍のことを教えてくれた人物を見つけ、走り寄ると得意気に言った。


「んん、ああ、あの嬢ちゃんか。そうかい、ずいぶん頑張ったんだな。」


「そう、私、頑張ったの。だから、あのね、私7才になったら、レスコー商会で見習いになれる?」


そう聞いた途端、商人は難しい顔をした。


「あのな、嬢ちゃん。うちで見習いになるってのは、村で見習いになるのとはわけが違うんだ。うちで見習いになるのなら、最低限、客の前に出ても恥ずかしくないだけの格好ができないといけない。しかも王都で下宿屋に住まないといけなくなるんだぞ。お前の家はお前のためにそれだけの金をかけられるのか?」


「お金…」


「それだけじゃないぞ。嬢ちゃんみたいによく知らんところから見習いをとる場合は、身元引受人がいる。それは嬢ちゃんが何かしちまった時に、その迷惑料を支払う人間、ってことだ。いざって時にそれだけの金を払える奴がこの村にいるか?それともどっかの町に親戚でもいるのか?」


「身元は村長さんに保証してもらえるって…」


「保証はしてくれるかもしれねえが、うちで見習いになるにはそれじゃ足らねえ。まあ、嬢ちゃんが頑張ったことは認めるが、見習いは自分の身の丈に合ったところで探すんだな。」


「そんな…。」


「あのな、厳しいことを言うようだが、無理して行きたいとこ行っても苦しいだけなんだよ。縫物の基本、基本の読み書き、礼儀作法、それに町での暮らしに保証金。どれも足りちゃいねえ。足りないものが一つくらいなら無理しても何とかなるかもしれねえが、今の嬢ちゃんは足りないものだらけだ。無理しすぎても潰れるだけだ。」


ターニャもここまで言われれば、自分の望みがかなわないことくらい、理解できる。理解はできるが感情まで制御できるわけではない。なんといってもまだ6歳だ。ターニャは気づかぬうちにボロボロ涙をこぼしていた。

商人とて頑張る女の子を応援したくないわけではない。でも、できることとできないことがあるのだ。実際、こうして村を回って商売をしていれば、どんな仕事でもするから都会に連れて行ってほしいとしなだれかかってくる娘の相手など日常茶飯事だ。だから、そうした娘の相手はある意味慣れていたが、ターニャのように純粋な子供の希望をへし折ることに罪悪感を覚えないわけではない。


「おいおい、泣かないでくれよ。そこまで嬢ちゃんが頑張ったってことは、親御さんも協力してくれているんだろう?だったら嬢ちゃんの見習い先も、うちよりもっと現実的なところを考えていると思うぞ。」


「え、そうなの?」


「当たり前だろう。7歳の子を王都で一人暮らしさせるのも、お前のために今の仕事を捨てるのもどう考えたってありえねえだろう。でも他にやりたいことを探せって言わないのなら、何か考えてくれてるんだろうよ。」


「そっか…。そうだよね。うん。かーさんに聞いてみる。おじさん、ありがとう。」


家に向かって駆けていくターニャを見送った商人の胸中は複雑だった。7歳までは自由にしてもいいが、見習い先は親の決めたところに黙って行け、という親の可能性もあるのだ。だがレスコー商会では受け入れることはできない。ならば今商人にできることは、ターニャが幸せになるよう祈ることだけだった。


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