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例の問題の人物はミリア・カイエン男爵令嬢であることが早々にわかった。翌日の授業で見目のいい伯爵家令息の隣に座り、
「あの~、わたし、ミリアって言います~。よかったら、色々と教えて頂けますか?」
とやったのだ。本来ならば知り合いでなければ、誰かに紹介してもらうか、身分が上の者からでなければ話しかけてはいけない。ミリアの態度はマナーを完全に無視したもので、周りの生徒たちはあきれ返っていた。
話しかけられた方は実にいい笑顔で
「じゃあまず、マナーを教えてあげよう。その話し方は平民かい?身分が下の者から話しかけることはマナー違反だ。覚えておいてくれ」
と言うだけ言って、それ以後はミリアの方を見ようともしなかった。ミリアはこの言葉を聞き、
「ひどい…。そんな身分のことばっかり言ってたら平等に学ぶなんてできないじゃないですか」
と、さも傷ついて泣きそうになっているかのような風情で訴えた。が、彼はもうミリアの方を見ようともせず、完全に無視していた。彼にしてみればミリアが話しかけてきたことは迷惑以外の何物でもなかった。彼は学園での出会いに期待していたが、それはあくまでも自分にプラスになるものである。恋愛ごっこをするために学園に来ているのではない。ミリアのような女性にいい顔をすれば自分も同類と思われ、有益な出会いの邪魔になってしまうと思われた。実際多くの生徒が入学前に『浮ついた交流』はしないようにと家で注意されてきている。はっきりと『妙な女に引っかかるな』と言う親もいるくらいだ。用もないのに男性に積極的に話しかける女性など、警戒されて当然だった。
この時はすぐに授業が始まったためそれだけですんだ。が、次の授業ではミリアは更にエスカレートしていた。やはり見目のいい男子生徒の隣に座り、
「あの~実は私、さっきの授業の時に『お前みたいな礼儀知らずは話しかけるな』って言われてしまったんです。それで、マナーとか誰かに教えてほしくって…。だめでしょうか?」
と、いかにも困った風情で訴えた。自分のしたことを棚に上げ、見事に被害者を装っている。訴えられた方も人の好さもあって、あっさりとつっぱねることができず
「マナーは男性と女性でも違うから、まずは同じ淑女科の人に教わる方がいいと思うよ。僕もそれほどマナーに詳しい訳ではないしね」
とやんわりと断ることしかできなかった。それでもミリアの態度に警戒心を持ち、断れたのは僥倖であった。




