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講義が始まるまでの3日は案外すぐに過ぎていった。部屋の一年先輩のサラが自分が使っていた教科書を貸してくれたのだ。入学試験と重なる部分もあったが、新しい勉強を始めることができたことにターニャは喜んだ。
そして、講義の前日の夕方には寮の部屋に新しい仲間が入った。
「ソフィと申します。明日からのマナー講座に参加するため、今日から寮に入ることになりました。よろしくお願い致します」
「室長のアネットよ。部屋のメンバーは3年が私、アネットとサビーナ様。2年がマリエル様とローラ様。1年はテレーズ様とサラ様で、あなたと同じ受講生のターニャ様。名前は一緒に生活していればすぐに覚えられると思うわ。それから、ご存じでしょうけれども、ここでは原則として皆、様づけで呼ぶことになっているの。よろしくね」
その夜、部屋のメンバーで”おしゃべり”という名の情報交換を行った。アネットを始めとするこの部屋の1~3年のメンバーは誰もマナー講座を受講していなかった。それは、彼女たちが上級貴族であることを示唆している。そのことを話してしまっていいのかとターニャは疑問に思ったが、親しい友人の間では自分の家のことを話すのは普通のことであり、部屋のメンバーはもう仲間なのだから構わないと言われ、納得したのだった。その話の流れでターニャが平民だと話すと、そのことは公言しない方がいいとも忠告された。「平民なのに」優秀だ、という評価は公平な評価の妨げになるし、人によっては「平民のくせに」優秀だ、と考える者も出てくるかもしれない。優秀なものばかりが集められているはずの学園でも、身分というものをはき違えている者はどうしてもいるからだ。身分のことは相手が信頼できるかどうかを見極めてから話す方がいい。それは身分の上下に関わらず言えることだという。
「また淑女科ではマナー講座を受ける方は少ないですから、マナー講座を受けたというだけで馬鹿にする方がいるのも事実です」
「そうなのですか?」
「この学園の淑女科に来る方は王族や高位貴族に嫁ぎたいと思う方が多いのですよ」
実際この国の王族か公爵家の正妻は王立学園出身か、他国の同等の教育機関を出ていることが望ましいという暗黙の了解がある。
「ですからマナー講座に出るということは、高位貴族に嫁ぐのに十分な教育を施すことのできない家の出身であると見られてしまいます。子爵家や男爵家でもいい家庭教師を雇えればマナー講座は必要ないとも言われますし」
「でも、マナー講座を受けた結果、十分なマナーを身につければ結果は同じなのではありませんか?」
「私もそう思います。どこで誰に教わろうと、結果が大切です。ただ昨今はマナー講座に出ないことが優れていることとはき違える方が多く、マナー講座を受けるべき下級貴族の方の中にも自宅学習を条件にマナー講座を受けない方が増えているようです」
わざわざ教えてくれるというものを断るなんて、ターニャには信じられなかった。それにわざわざマナー講座と称して、下級貴族以下の人間を対象とした講座を開くのだ。
「教える内容がマナーだけ、とは言われておりませんよ」
砦でメラニー様が意味ありげにおっしゃっていた言葉を思い出した。
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