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ターニャは思いがけず、刺繍の試験を共に受けた人物と共に学生課へ行くこととなった。
「ターニャと申します。学生課までご一緒してもよろしいでしょうか」
「クロエと申します。ご一緒できればうれしいです」
互いに相手の身分がわからないため、探りながらの会話となった。とはいうものの、ターニャは平民であるから誰に対しても目下の振る舞いをすれば間違いはない。そういう点では気楽であった。教えられることのない身分を推し量って、相手に応じた振る舞いをすることが求められるこの学園は、実はとても厳しい場所であった。
ターニャが、自分は下の身分であると示す振る舞いをしていることから、クロエは上の立場として振る舞うことができた。
「ターニャのストールはすてきでしたね。基本のステッチでも素晴らしい作品ができるのだと、目の覚める想いでした」
「ありがとうございます。クロエ様が刺繍なさったのは王家の家紋でしたでしょうか?とても緻密に縫い取られていらっしゃいましたね」
フェンベルグでは刺繍というと花や鳥のように写実的な物が主流である。ターニャのしたような幾何学模様を配した作品は目新しい物であった。
学生課まではさほど距離はなく、すぐに着いた。言われていた通り、ターニャ達以外の受験生はおらず、すぐに受け付けてもらえた。
「淑女科で学生課から結果を聞くように言われて参りました。ターニャと申します」
「ターニャさんですね。では結果をお知らせしますので、こちらへどうぞ」
そう言うと職員は受付の横に並んでいる個室にターニャを案内した。クロエも一つおいて隣の部屋に案内されるようだった。
「間の部屋は使って…?」
「いえ、余裕があるならば一つおきに使うのですよ。隣の部屋に人が入ることを嫌がる方もいらっしゃいますからね」
「そうなのですか?」
「情報というものの大切さはご存じなのでは?」
「…ああ、そういうことですか」
学生課で個別に対応するのは大切な内容のことだろう。そんな情報を何としても手に入れようとする者もいるのだ。この後も入学の手続きがある。その時にはその人物の身分を明らかにしなければならない。話が聞こえる距離にほかの人間を置かないようにするのは必要なことなのだ。
シンプルだが質のいい応接セットに職員とターニャは向かい合って腰を下ろした。
「では、改めましてターニャさん。合格おめでとうございます」
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やっと合格までたどりついた…。
亀の歩みで本当にすみません。




