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口頭試問の試験は皆同じである。すなわち、『ここで何をしたいのか』
かつてのターニャならこう答えたろう。
「刺繍をしたい」
だがこの答えではフェンベルグ王立学園に入ることはできない。
「ならばどこぞの仕立て屋を紹介しよう」
と言われかねない。かつてのターニャだったらそこで紹介してもらうことも選択肢の一つとして考えたかもしれない。だが今のターニャは単純に刺繍をしたいと思っていただけの頃とは違う。この学園を受験できるようになるまでにお世話になった人たちに恥じない生き方をしたいと思っていた。だから、ターニャはこう答えた。
「私が育った村では、刺繍をする職に就きたいという当時の私の夢をかなえることはできませんでした。そこに手を差し伸べてくださったのがニコラス・ランジュ団長を始めとするヴァルド砦の皆さまです。今、私はお世話になった方々の期待に応え、できれば恩に報いられるような人物になりたい、そのためにこの学園で学びたいと考えています」
実はこの答え方はとても望ましいものである。具体的に何をしたいかは答えられていない。だが、それはあまり重要ではない。この試験で重要視されているのは、利他精神があるかどうかだ。この学園を卒業すれば国政に携わる職に就く者が多い。国のため、王族のため、民のため、といった自分以外の人に尽くす精神が必要なのだ。逆に騎士科でたまにいる
「自分は国一番の騎士になるために来ました!」
といった答えをする者は評価が下がる。『国一番の騎士』という自分の名誉を第一に考えていると判断されるのだ。
また、この試験では論文の試験で書いた内容について聞かれる。上位貴族の場合、論文試験で家庭教師の下書きを丸暗記してきて書く者もいるため、自分の考えで書かれたものかどうか判別するための質問をされるのだ。これに関してはターニャは自分で学び、考えたことを書いただけなので問題はない。
口頭試問を終え、刺繍も仕上げ、ターニャの試験は終わった。




