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ターニャが選んだのは深みのある艶やかな藍色の布。それに光沢のある薄い灰色の刺繍糸。その光沢からいっそ銀色とも言えるような糸だ。冬の夜空のような生地の上に銀色の雪の結晶を刺す。使う技法は基本のバックステッチ。大きさの異なる三種の雪の結晶のモチーフを美しく配置して刺していく。
技巧的な手法ができないわけではないが、これは試験であり、時間は有限だ。ハンカチ程度の小品に技巧を凝らしても大して印象には残らないだろう。第一これだけの布と糸があるのだ。小品なんてつまらない。どうせなら極彩色の作品を作ってみたいが、色を確認しながら、糸を頻繁に変えるのは時間がかかる。たとえ基本のステッチだとしても、ある程度の大きさの物に美しいデザインで一面刺してあれば、基本の技術の確かさと美的センス、芸術面での能力を評価してもらえるはずだ。
ターニャは試験ということをつい忘れてしまいそうになるほど、この刺繡を楽しんだ。小さいモチーフは砦でも袖口や裾周りに刺したことがあるので慣れているのだが、大き目のモチーフは慣れていない。それを刺すのは慣れないもどかしさがあった。
だが、4,5個も同じモチーフを刺せば慣れてくる。試験3日目、芸術の試験初日も半日を過ぎるころには、ひたすら楽しい作業と化していた。
そしてその日の夜に、口頭試問の試験が翌日の午後になったと知らされた。ターニャは楽しみに水を差された気分になるのだった。
ターニャは翌日も午前中は刺繍を楽しんだ。午後に何があろうとも、刺繍をすることは楽しいのだ。それにこの作品を作ることは試験なのだ。気もそぞろになって失敗するようなことはできない。そして午前中のうちに作業の8割ほどを終わらせて、午後の試験に臨むのだった。




