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ターニャの試験初日は順調だった。知識を問う問題だけなので、基本的な知識さえ押さえておけばここは突破できる。しかし、ターニャは『単に覚える』ということがどうも苦手だった。歴史や法律などは、何故それが起こったのか、なぜそのような法律が作られたのか、といったところまで理解して、やっと記憶に定着させることができるタイプだった。だから覚えることに関しては周りよりもだいぶ時間がかかったが、忘れることがあまりなかったため、別に気にしてはいなかった。
そして、このターニャの学習の仕方は、二日目の論文の試験に大いに役立った。知識に対する理解はとても深かった。
そして3日目、ターニャは芸術の試験を受けていた。用意された材料を使用して、何でもいいから作品を作る、というものである。実は芸術の試験はほとんどの者が音楽で受ける。音楽ならば事前に練習しておいて、当日演奏するだけで終わるからだ。ほかの科目で受験する者はよほどそれに自信があるか、音楽がとても苦手である場合だけである。だから刺繍で受験する者はターニャ以外は二人しかいなかった。その二人は芸術よりも先に面接式の試験が入っていた。実はこの面接試験が受験者の身分順になっていたため、ターニャは先に芸術を受けることになっていた。
刺繍の試験の部屋に入ったターニャを待っていたのは様々な種類と色合いの布と糸であった。それまで「砦の備品」の範囲でしか刺繍をできなかったターニャにとってそこはまさに夢の国であった。好きな材料を使って好きなものを作っていいと言われ、思わず
「ありがとうございます!」
と大きな声を出してしまった。監督官に苦笑されたことにも気づかず、キラキラした目で材料を吟味するターニャは本当に楽しそうだった。
事実、ターニャは試験ということも忘れそうになるほど楽しかった。時間が十分にあるのなら、びっしりと刺繍したドレスでも作ってみたいと思うほどだった。だが、事前にメラニーやミレーネに何を作るかは相談していた。時間と見栄えの兼ね合いからいって、テーブルクロスかテーブルセンター、またはストールのような大きさの物がいいだろう。どちらにするかはその場にある布の種類を見て、自分が刺したいと思うものを作るのが、ターニャの場合、一番いい結果につながるだろう、と言われていた。そして、ターニャはその場にあった美しい布を見て、メラニー様のような貴婦人が使うにふさわしいストールを作ろう、と決めたのだった。




