23
その年、王立学園を受ける仲間を送り出した時、ターニャの心持は前年までとは大きく異なっていた。
これまではただ応援するだけの気持であった。だが、今年は受けに行く者たちを見て、
(やっぱり砦に来る人数に比べて受けに行く人は少ない。そして落ちて帰ってくる人はほとんどいない。確か5年前位に1人いたとか…。ここでは学園を目指して学習している人は少ないけど、その分しっかり学ぶ人たちばかりだからほぼ全員が合格するのよね。砦によっては全員が受けて結局受かる人数はここより少ないってところもあるらしいけど、それって恥ずかしいわよね。自分だけの評価であればいいけど、自分の成績が砦の評価につながり、ひいては仲間の評価にもつながると言われると、本当にしっかりしないといけないわ。来年私はメラニー様の名前を辱めないだけの成績で合格しないといけないのだもの)
などと考えていた。
そして残された1年の間、メラニーとミレーネの方針で、ターニャは試験科目の座学だけでなく、芸術に関する知識も身につけることになった。砦の資料室には刺繍に関する資料が多くあり、ターニャにとってはうれしい誤算であった。なぜ軍事施設である砦に刺繍の資料があったかと言えば、軍服に施された刺繍によって階級を見分けるため、という実に合理的な目的のためであった。また、国内外の王族・貴族の紋章の資料もあり、ターニャは嬉々としてこれらの資料を読み込むのだった。
ターニャはそれらの資料に載っている図案を刺繍してみたいと感じたが、実際には自分と縁と所縁もない貴族の家紋を刺繍するわけにもいかない。ターニャがため息をついていると、
「どうしたんだい、ため息なんかついて」
「この前見た本に載っていた紋章が素敵で、でも私が今してもいい刺繍は名前の縫い取りか袖口や裾周りの補強だけでしょう。もっといろいろな刺繍をしてみたいなあ、って」
「そうねえ、布も糸も自分のものじゃないものねえ。でも、補強のための刺繍は別に直線のステッチじゃなきゃいけないわけではないだろう?」
「え、あ、そうか。目的から外れなければ、どんな模様でもいいのか、な」
「これはあくまで趣味じゃない。仕事だからね。時間がかかりすぎたり、糸を使いすぎたりしなければ問題はないさ」
そんな会話が交わされた後、砦の訓練服の袖周りや裾周りには、目立たないがしゃれた幾何学模様の刺繍がされるようになった。




