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それからのターニャはしばらく気忙しかった。ターニャが精霊の加護をもらっていることは割と知られていたので、精霊についてターニャに話を聞きたいという者が多かったのだ。気の置けない相手ならばいいのだが、ろくに会ったこともない上位貴族が偶然を装って城内で話しかけてくるので、相手に対して気も使う上にターニャの仕事にも差し支える有様だった。
見かねた王太子妃が『今回の精霊様の宣言についてターニャは一切精霊様から聞いていないそうだ』という噂を流した。それでもしばらくは色々と訊いてくる者がいた。しかし宣言の後でも日常生活に特に変化が無いようだと認識されるようになれば、そのようなことは減っていった。そして加護が無くなった時自分たちの生活がどうなるのかという不安がやわらいでくると、加護が無くなった時ターニャとイコの関係はどうなるのか、という点に興味を持たれるようになった。それに関してターニャは、わからないと答えるだけであったし、何より10年も先のことであるから、人の関心も徐々に薄れていった。
だが、その宣言を受け入れがたいと考える者もいた。ヴェルムである。学園卒業後精霊教会に所属したヴェルムと王太子妃の侍女見習いとなったターニャではまるで接点がなかった。だが、あの宣言後、ヴェルムはわざわざターニャに会って話したいと連絡を取ってきた。ターニャは気が進まなかったが、王族の希望を断るわけにもいかず、指定された日時に教会を訪ねた。その時のヴェルムとの会話は、表現は悪いが、非常に面倒くさいものだった。
「あの宣言はおかしい。既に加護を与えてくれる精霊の女王はいないんだ。ターニャだって知っているだろう?」
といきなり切り出されたのだ。確かにその通りなのだが、肯定するわけにもいかない。
「ヴェルム様、そのようなことを仰られては困ります。それは、今既に加護は無く、教会はずっとそれを隠していた、と仰っていることになります。そのように言われたとき、受け入れられると思いますか?」
「だが、私は様々な資料を調べてやっと加護が失われていることが分かったのだ。それなのに、あのように発表されては私が調べたことが無駄になってしまう。教会があのような間違った発表をしたのだから、王族の方で訂正すべきではないか」
ターニャは思わずため息をついた。本来ならばマナー違反だが、こればかりは仕方ないだろう。
「ヴェルム様、なぜあの宣言がすんなりと受け入れられたかお分かりではないのでしょうか?何も知らない方なら『それが真実だからだ』とお思いになるでしょうが、ヴェルム様は違いますよね。では、どうしてあの宣言を王家はすんなりと受け入れたのでしょうか?」
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