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結局ターニャは侍女になることを前提に王太子妃の女官見習いとして働くことになった。侍女見習いにならないのは、現時点で貴族でないためである。結婚が決まれば貴族になる者として扱われるため、侍女見習いに変更される。
王太子妃がターニャに薦めたのは、ターニャより5歳年上の王太子妃付きの騎士との縁であった。これはターニャには少々意外だった。ターニャは当然外交に関係する者との縁を勧められると思っていたからだ。だが、よく考えれば当然のことだった。外交官夫人となればいずれは夫と共に外国へ行くことになる。それでは侍女として勤め続けれことはできない。王太子妃付きの騎士であれば常に夫婦で王太子妃と行動を共にすることができる。
更に勧められた相手は騎士爵こそ持つものの、平民の出であった。しかもかつてターニャのいたヴァルド砦で見習いをしていたという。砦にいた期間は残念ながらかぶらないのだが、同郷のような親しみを覚えた。どうせいつかは結婚しなければならないのだろうから、それならばいい縁談を世話しようと言ってくれる人がいる間に、お互いが納得できるような縁を結ぶべきだと思われた。相手も貴族出身の女性よりも気が置けず、更に王太子妃の覚えがいいターニャとの縁談に乗り気だという。とりあえず一度会ってみて本人同士で話してみようということになり、実際に会う前日にイコが話しかけてきた。
ターニャは精霊のイコと絆は結んだが、だからといって特段何かを共にしてきたわけではなかった。何か必要なことがあればイコから話しかけてくるのだ。ターニャにとって、精霊であるイコは敬うべき相手なので、自分から何かをしてほしいと頼むことはほとんどなかった。そしてフェンベルグに帰国してからは、居心地が悪いと言ってほとんどイコも話しかけてこなかったため、久しぶりにイコが話しかけてきとき、ターニャは驚いてしまった。
「ターニャはエルヴィーラを捨てるつもりなの?」
イコは怒りをにじませる声でそう尋ねてきたのだ。ターニャは驚いて答えた。
「そんなことしないわ!どうしてそんなことを言うの?何か私、いけないことをしてしまったかしら?」
「だってターニャはエルヴィーラの子じゃない奴と結婚するんだろ?そうしたらターニャもエルヴィーラの子ではいられなくなる」
「そうなのですか?私はずっとエルヴィーラの子でいるつもりだったのですが、縁を結ぶ相手もエルヴィーラの子でないといけないのですか……。それは知りませんでした」
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