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村で、ターニャはあまり歓迎されなかった。村を出てもう5年近くなる。その間帰るどころか、手紙すら一度も出していない。もうターニャは「いなくなった人間」だ。村のために出て行ったのではなく、自分のやりたいことのために出て行ったのだから、今戻ってきたところで歓迎されなくても当然だ。しかも村としてはターニャに残って欲しかったのだろう。今になればわかる。文字自体を目にする機会の少ないこんな村で、ちょっとした機会を与えただけで何とか習得してしまうような人間は貴重だ。次代の村長の嫁になることはほぼ決まっていたようなものだ。よくぞ両親は砦へと送り出したものだと感心する。
村に戻ったターニャは家族と過ごしていたが、そこにはもうターニャの場所はなかった。無事を喜ばれ、村を出してくれたことに感謝を告げ、精霊と絆を結んだことを言祝ぎ、それで終わりだ。共に暮らす未来はそこにはなかった。ターニャが村を出た時点でターニャと村との縁は切れてしまっていた。そのことを寂しく感じながらも、村に留まるよう言われなかったことにほっとする思いもあった。ターニャは1人になったとき、その複雑な気持ちをイコに話してみた。イコの返事はターニャにとって思いがけないものだった。
「仕方がない。村を守るのが精霊の務め。その村を出て行ったターニャは精霊の望む在り方から外れてしまったのだから。本来ならターニャは村から出られなかった。ここの精霊が王都のことを気にして、ターニャが出たいなら村から出してもいいかと思ったみたいだよ。そうでなければ砦に奉公させるなんてターニャの両親も考えないだろうし、村を出た時点で精霊の加護もなくなってしまうだろうしね。ターニャは運が良かったと思うよ」
そもそも村の社会はその中で完結している。たまに血が濃くなりすぎるのを防ぐために近隣の村などから人を入れることもあるが、基本的に自己完結している。人が死ねば、その人数分人が生まれる。村人が減りすぎることも増えすぎることもない。それが『精霊の加護』というものである。ターニャが村を出てからの違和感の原因はここにあった。村では人口の増減が少ないため、職に就けない人間というものが出ない。だから生まれた時から誰の後を継いで何の職に就くのかが何となく決まってしまう。それは安定しているが、ターニャのような人間にとってはひどく窮屈な生き方でもある。そんな、精霊と共に在る生き方に満足できない者は村から出ていくことを選び、村には代わりに生まれる者がおり、そんな者はいなかったかのように村はそのままあり続けるのだ。その変化の無さこそが精霊の加護の本質ともいえるのかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
明日は共通テストですね。
自分のセンター試験から云十年。
受験生の皆さまが十全の力を発揮できますように。




