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ターニャはかつて村で話したことのある商人に話しかけていた。
「おじさん、私のこと覚えてる?」
「ああ、覚えてるぞ。うちに見習い奉公したいと言ってた嬢ちゃんだろう?」
ターニャはまさか相手が覚えているとは思っていなかったので驚いた。
「え、ほんの少し話しただけなのに覚えているの?すごい」
「何しろあの時の嬢ちゃんは要注意だったからな」
「え、そうなの?要注意って、どうして?」
「王都に出たいって言って断られると、こっそり荷に紛れて一緒に行こうとするかもしれないだろう?まあ、そんなことするのは大抵は今の嬢ちゃんよりも年上だけどな。逆に小さい子供が紛れ込んだ場合、誘拐したと誤解されて大問題になることがあるんだ。まあ、あの時は何事もなかったが、次の年に行ったらいなくなってただろう。村の人間に訊いたら砦に奉公に出たって言うじゃないか。こうして学園にも入れてもらえて、うちに来るよりもずっと良かったんじゃないか」
「そうですね。砦ではいろいろと勉強させてもらえました。きっと商家に奉公していたらこんな風に学園とか行かせてもらえないんでしょう?」
「そうとは限らない。商会から学院に通わせることができれば、名誉なことだし伝手もできる。商会の坊ちゃんなんかは家庭教師つけて勉強してるよ。ただ奉公人の場合はよっぽど将来有望でないと積極的に勉強しろとは言わないだろうな」
「そうなんですね。やっぱり私は砦に行ってよかったです。騎士志望の子たちと一緒に勉強させてもらえたし、砦から学院に行ったことで普通の平民とは違った経験がいろいろできているから。貴族の人の考え方なんていうのも知ることはできなかっただろうし」
そう、村にいたままだったらターニャは村長の息子のマルクと結婚し、村長の妻として村を維持するように努めただろう。そして、どうしたら村がもっと良くなるか、ということは考えなかったように思う。どうしたらより良くなるか、という視点は砦で学んだことだった。そして、学園の生徒はその大部分が、自分が何をできるのか、ということを考えているように思えるのだった。ターニャはそうした考えができるようになった自分に気づき、村を出てよかったと改めて感じるのだった。
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