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ターニャが初めて刺繡に出会ったのは、彼女が5歳のときだった。


ターニャはフェンベルグ王国の農村で生まれた。家はごく普通の農家だ。両親と兄が一人いる。

春になると村には商人がやってくる。村の名産の織物を引き取りがてら、村人にちょっとしたぜいたく品を売りつけに来る。口の悪いものは現金を村に置いていきたくないのだ、などと言う。

実際村に現金があったとて、実際に使う機会はあまりない。村の中にいれば衣食住は互いの労働のやり取りだけで片付く。現金を使う機会は村に商人が来る時くらいだ。そして、その商人が現金を持ってくるのだから、よくできているのだろう。

もっとも5歳のターニャがそこまで考えているわけではない。冬の間母が織っていた織物が商人に引き取られ、手伝った分としてもらった小遣いで、かわいい袋を買おうとわくわくしていた。


ターニャは小遣いで小さな袋を買いたいと思っていた。ターニャの母は織り手だったが、ターニャ自身は布を織るよりも、その布を形にする縫物の方がおもしろいと感じていた。だが、ターニャの家には練習に使えるような余分な布も糸もない。母が織った布の端の糸などを集めてつなぎ、また利用するのだ。そんな糸をターニャはいつも自分で作った籠に入れていた。だが、ちょっとした買い物ができるなら、糸を入れておくためのかわいい袋を買いたい。ターニャはそう思ってこの冬、母の手伝いを頑張ったのだ。


そして、ターニャはその袋と出会った。空を思わせるような青い生地に白い鳥が飛んでいた。

「おじさん、この鳥、どうやって描いてあるの?」

「ん、嬢ちゃんは刺繡を見たことはなかったかい?」

「刺繡?」

「ああ。針と糸を使って布の上にいろんな模様を描いていくのさ。今日持ってきてるのなんかは小さくいれてあるだけだが、王都のお貴族様が着るドレスなんかはすごいぞ。生地一面に刺繍されていて、もとの布地がほとんど見えなくなっちまってる物もあったりするぞ。」

「おじさん、お貴族様のドレスなんて知ってるの?」

「おいおい、俺たちが何のために布を買い付けに来てると思ってんだい?レスコー商会は王都でも有名な商会なんだぞ。」


この村に布を買い付けに来るレスコー商会は、実際王都でも一、二を争うほどの大きな商会である。


「えっ、じゃあ、お母さんが織った布もお貴族様のドレスになるの?」


ターニャにとって貴族とは遠く離れた王都に住む、自分たちとは全く縁のない存在だった。それが母の織った布を身にまとっていると聞き、急に近い存在に感じられたのだ。


「嬢ちゃんのおっかさんの織った布がどれかわからんから、確実に貴族様が着るかはわからんが、このあたりの布は質がいいからな、恐らくドレスになるんじゃないか。」

「そうなんだ。じゃあ、こういう刺繍?って誰がするの?」

「それはうちの針子達だな。最初は見習いとして来て練習するんだ。それがこの袋たちさ。嬢ちゃんも買うんだろ?」

「うん。この鳥の袋が欲しいの。」


ターニャはその袋の分のお金をはらい、思い切ったように尋ねた。


「ねえ、私もこういう刺繍ができるようになりたい。私もレスコー商会の針子になれる?」

「うちの針子は見習いからずっとうちで修行するんだ。作業場に通える奴じゃないと難しい。」

「でも私、こういうの作れるようになりたい。」

「まあ、刺繍ならどこだってできるだろう。嬢ちゃんはこの村で縫い子になればいいんじゃないのか?」

「この村じゃ刺繍なんてできないよ。仕事場に通えれば見習いになれるの?」

「通えるのは最低条件だ。うちレベルだと見習いになるのにも、ある程度の腕と最低限の教養が必要だ。」

「最低限の教養ってどのくらい?」

「おいおい、勘弁してくれよ。最低限の教養ってのは読み書きと簡単な計算だな。それだけじゃない、しっかりした身元保証人が必要だ。嬢ちゃんには無理だと思うぞ。」

「無理じゃない、私頑張る!」


ターニャ5歳、刺繍をする針子になるという夢を抱いた瞬間だった。



毎週金曜日夜に更新したいと思っています。

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