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剣と魔法とお姉ちゃん‐5

 翌朝、早くに太一は出社していった。昨日早退した分、どうしても片付けなければならない仕事があるとのことだった。


 優弦達が乗るタクシーを見送った後に、瑛美はある考えが閃き、慌てて自室を探した。


「あった!」


 目当てのものを見つけると、急いで自転車にまたがった。


 頑張れば、二人が発つ前に間に合うかもしれない。




 15分程ペダルを漕ぐと、駅に着いた。キョロキョロしていると、広場の噴水前にいた優弦が見つけて呼んでくれた。横にいた秀人はスマホを耳にあて、通話中のようだった。


「瑛美ちゃん! どうしたの?」


 瑛美はゼーゼーと息を切らしながら、鞄を降ろす。


「良かった、間に合った……。あのね、渡したいものがあって。コレを……。」


 取り出したのは、水色の御守袋だった。


「えっ、これってもしかして……。」


「お姉ちゃん、私が中学校に入学した時にも、御守作ってくれてたのを思い出して。きっと、優弦君の役に立つと思う。」


「ありがとう……ありがとう。」


 優弦は、御守袋を両手で受け取った。瞳が潤んでいた。瑛美には何の力も無いが、どうにかして彼の助けになりたかった。


「秀人さん、優弦君、お待たせしました!」


 眼鏡をかけたスーツ姿の男が声をかけてきた。昨日話していた、同胞の人だろうか。通話を終えた秀人がそちらを向く。


「ゆっくり話せなくてごめん。俺、もう行くよ。本当にありがとう。」


「うん。元気でね。」


 軽く手を振り、涙を見られる前に後ろを向いて離れた。どうか、彼が再び平穏に暮らせる日が訪れますように。


 自転車に乗る前に、名残り惜しくてもう一度優弦の方を振り返った。ちょうど、男が優弦に手を差し出したところだった。




 カッ




 突然、優弦の手元が大きく光った。それは昨日、瑛美を守った光だった。


「えっ!?」


 スーツの男が、後ろに飛んだ。周囲から悲鳴があがり、我先にとその場から逃げ出していく。


「御守が……何で……何で!?」


 優弦は呆然として男の方を見た。


 秀人が優弦達を背中に庇い、杖を取り出して構えた。


清栄せいえい! これはどういうことだ!」


 清栄と呼ばれた男は、ゆっくりと身体を起こし、少し甲高い声で喋りだした。


「あーあ、何今の? やっと王子を捕まえられると思ったのに。」


 言うや否や、黒いローブを纏った長身の男に姿を変えていく。


「カロン! 貴様!」


 秀人が黒衣の男の名前を叫んだ。


「清栄は死んだよ。発・【召喚】」


 カロンと呼ばれた男はローブから緑色の玉を取り出し、地面に叩きつけた。


 割れた玉から緑の液体が広がり、その中から十体を超えるウォルマが現れた。


「昨日はごめんね。殺す気は無かったんだよ、本当に。何かさ、こっちでは魔獣がちょい凶暴になるみたいで。」


 カロンは片手で拝む仕草をして見せる。


「発・【穿て】! 優弦、剣を出しなさい!」


 秀人の前に大量の短剣が現れ、ウォルマ達めがけて放たれた。貫通した短剣が次々に魔獣の身体を灰に変えていく。


 瑛美は逃げ出そうと自転車に乗ったが、焦りが勝ち過ぎて転倒してしまった。自転車の下敷きになり、右足に激痛が走る。


「嫌だ、こんな時に限って……!」


 秀人が自転車を退けてくれるが、足が縺れて上手く立てない。その間にも近づいて来るウォルマを、短剣が撃退する。


 優弦は黒い手袋を装着すると、両手を握って大きく振り下ろした。ちょうど、昨日ウォルマに攻撃したのと同じ動きだった。手袋の甲の部分に、細かな魔石が散りばめられている。


「発・【神剣しんけん】!」


 大剣を出すと即座に前方に踏み込み、斜めに振り下ろす。ブオンと音が聞こえ、瑛美達の周りのウォルマが切断された。


 間髪入れずに振り返り、今度は横に薙ぐ。魔力を帯びた斬撃で、五〜六体が体液を撒き散らして崩れ落ちた。


 瞬く間に数体まで敵を減らし、そのまま迷いなくカロンに向かっていく。


「うおおおおおおおお!」


 残ったウォルマ達も飛びかかっていくが、優弦の速さに全く追いついていない。それを短剣が貫いていく。


 カロンは、右手の杖をかざした。その手には赤い石の付いた指輪が光っている。


「発・【結界】。」


 優弦の剣が届く前に、カロンの周りに半透明のドーム状の壁が形成された。剣が跳ね返される。遅れて命中した秀人の短剣も、傷一つつけることなく地に落ちて消えた。


「くっ!」


 優弦は後退した。


「捉えろ。」


 カロンが命令を下すと、ウォルマが二体、優弦に向かって舌を伸ばし拘束にかかった。優弦は剣を降って斬り落とす。攻撃は本体にも命中した。別のウォルマが背後から飛びかかる。振り返り様に刺す。灰色に崩れる。もうウォルマは残っていなかった。


「そんなボロい手袋でここまで戦えるとは、さすが王子と言ったところですか。ウォルマ達には荷が重かったですね。」


 カロンは慌てる様子もなく、ローブからオレンジ色の玉を取り出した。


「発・【こわせ】。」


 秀人が唱えると、一本の赤い矢が現れた。それは、吸い寄せられるようにカロンの結界に突き刺さる。命中した箇所から、みるみるうちに亀裂が走った。


 カロンが大きく舌打ちした。


「ホント、どこまでも邪魔なやつだね。お返ししますよ()。発・【穿て】。」


 短剣が秀人に放たれる。結界を張って秀人はやり過ごすが、複数の短剣が次々に現れ、攻撃が止まない。心無しか、秀人の持つ杖の光が弱くなっているように見える。


 カロンは自分の結界のヒビ割れた部分に玉をぶつけて、召喚の呪文を唱えた。結界が消える。


 割れた玉からオレンジ色の液体が飛び出した。ドロドロとして粘り気のある液体は、みるみるうちに地面に広がっていく。そしてその中から、オレンジ色の魔獣が何体も現れた。


 長い尾と背びれを持った、二足歩行の化け物だった。尖った口に赤い目がギョロリと光り、太い角が二本生えている。


「エルマか……厄介だな。」


 優弦は剣を構え直した。


 成人男性ほどの大きさのそれは、巨体のウォルマよりも強い威圧感があった。


 一体のエルマが口を大きく開くと、優弦に向かって咆哮と共に炎を吐き出した。


 咄嗟に横に飛んで避ける。着地を狙って別角度から火が吐きかけられる。剣で薙ぎ払う。刃が命中しても、エルマが灰になることはなかった。


「こら、誰が攻撃して良いと言ったんだ。捕まえるんだよ。これだからこっちの世界に来るのは嫌なんだ! バカがますますバカになって、繊細な命令を聞きやしない。」


 カロンは毒づいた。


 優弦はエルマが背後から飛びかかってきたところを、もう一度横に飛んで避けた。


「発・【縛縄ばくじょう】」


 カロンの杖が光り、赤い縄が優弦の全身に絡みついた。剣を振って切断するも次々に縄は増えていき、次第に優弦の自由を奪っていった。


「アハハ! 良いザマですね王子! 面倒くさがらずに最初からこうすれば良かったー。」


「優弦君!」


「邪魔だ! 離せ……!」


 優弦の身体だけでなく、剣にも縄がまとわりついていく。


「優弦!」




「今のうちに、邪魔者は排除しておこうね。」


 秀人への攻撃が止み、カロンがエルマ達を従えて悠然と瑛美達の方に歩いて来た。


「もうあんまり魔力が残ってないんじゃない? 可哀想に。」


 エルマ達が二人を囲んだ。カロンの言葉通り魔力がないのか、秀人は呪文を唱えられずにいる。


「や、やめて……、助けて!」


「やめろ、カロン!」


「念入りに焼くんだよ。やり残しの無いように、この目でちゃんと見ておくからね。」


 瑛美の命乞いが、秀人の静止が聞こえないかのように、カロンの動作は躊躇いなく行われた。杖を挙げて合図を出す。エルマ達が一斉に口を開けた。


 瑛美は身を縮めて固く目を瞑った。




 風圧を感じた。しかし、覚悟していたような熱さは無かった。




「瑛美。」


 誰かが瑛美の肩に触れた。懐かしい、優しい声。


 目を開けると、そこには姉の顔があった。母に似た切れ長の瞳が、瑛美を心配そうに覗きこんでいる。


「遅くなってゴメンね。」


 流華の栗色のボブヘアが、サラリと揺れた。


「あ……お……おねえちゃん!」


 流華は瑛美を抱きしめて背中を撫でた。


「怖かったね。もう大丈夫だからね。」


 よく見ると、流華は青白い光に包まれていた。彼女を中心に広がった光は、エルマの炎をドーム状に遮っている。それはちょうど、魔法の結界に似ていた。


「何だこの力は……誰だお前は!? こんな、こんな魔法を詠唱も杖も無しに!?」


 カロンが初めて狼狽した姿を見せた。


「信じ、られない……。」


 秀人も呆然として流華を見つめている。


 流華は子供をあやすように瑛美の頭を撫でると、優しく笑った。光に照らされたその肌は、磨かれたように白い。


「ちょっと、ここで待っててね? あ、これ念の為持ってて。」


 薄い藤色の、小さなお守り袋を瑛美の手に握らせた。


 立ち上がると、カロン達に向き合った。




 カロンは杖を構えて呪文を唱えようとする。


「発・」


「うるさい」


 瑛美に対しての時とは打って変わって、冷たい声で流華が呟く。カロンはエルマ共々その場から大きく吹き飛ばされた。それだけで、エルマ達は灰になり一掃される。カロンは地面に叩きつけられ、グゥッと呻き声をあげる。


「が……っ、お、お前……こんな、畜生……!」


 カロンはローブから幾つも玉を取り出し、次々に地面に叩きつけた。口の端から漏れる血を拭う。


 赤、黄、緑。様々な色の液体が広がり、夥しい数の魔獣が生成されていく。


「一回、言ってみたかったセリフがあるんだよね。」


 増殖していく魔獣達を見つめながら、誰にともなくのんびりした口調で流華が呟く。


「初恋のオトコが言っててさあ、ちょーカッコよくて。」


「か、かかれ! アイツを殺せ!」


 カロンは半狂乱で杖を振り回した。


 流華は右手を真っ直ぐ前に差し出し、掌を上に向けて手招きした。







「死にてえ奴だけかかってこい。」



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