盗賊の娘
劇詩を目指しました。
復讐がテーマなので色々と物騒です。人が死ぬ描写があるので苦手な方はご注意ください。
冷たい風が肌を撫でる。
空がうっすらと淀み始めるとき、私の朝が始まる。
私は盗賊の娘、アリョーラ。
盗賊の頭、シェルラドフの娘。
それが私の誇り、私の生きる証。
狼が咆哮をあげる。
森の中は彼らの縄張り。
馬は怯えて暴れ、車体が横転する。
馭者は放り出され、震えながらわたしを見上げる。
『助けてくれ、助けてくれ』
全身を震わせながら、手を組み合わせてわたしの慈悲を乞う。
彼の名はハンス。
公爵家のお抱え馭者。
主が無実と知りながら、金に目が眩んで嘘の供述をした男。
主を殺すために、盗賊のはびこる森の中に置き去りにした男。
わたしは笑う。
お前の主人をここに呼んでおいで。
わたしの前に引き出せと。
ハンスは笑って頷いた。
自分だけは助かると思い込む愚かな男。
だけどあの人たちに比べたらまだましね。
出てきた彼らは私に気づかない。
盗賊の女だとおびえてている。
心の中でそっと笑う。
怖がらないで私の妹。
泣かないで私がかつて愛した人。
狼に囲まれたからなんだというの?
盗賊に囲まれたからなんだというの?
私は泣かなかったわ。
一人だったけれど泣かなかったわ。
あのときも今日と同じ新月の暗がりだった。
刃を向けられ、狼の牙が私のドレスに食い込んだの。
どれだけ恐ろしいかわかるかしら?
それでも体の震えを押し込め、わたしは睨んだわ。
負けたくなかったもの。
親に捨てられ、妹に裏切られ、婚約者に殺される。
そんな生き方で終わるなんて私が可哀そうだもの。
そんな私に微笑んだのがあの娘。
同じ背格好、同じ目の色、屈託なく笑う彼女。
捨てられたみじめな私を見て一言『欲しい』と言ってくれた。
誰かに必要とされるのがこんなに嬉しいなんて私は知らなかったわ。
誰かに寄り添ってもらうことがこんなにも心が満たされるものなのね。
私の手を握り、肩を抱き、わたしのために泣いてくれた盗賊の娘。
『あなたはわたしが守るから』
彼女の言葉に私は救われたのよ
その日初めて私は涙を流したわ。
家族の前でも、友人の前でも、婚約者の前でも溢さなかったのに。
『あなたはわたしの家族だから』
彼女の言葉に私は抉るような苦しみから抜け出せたの。
その日から私の幸せが始まり。
何も怖くなかったし、何も悲しくはなかった。
人生はこんなにも素晴らしいんだって初めて知ったのよ。
剣をふるうのも、
狼を従えるのも、
馬を駆るのも、
心が沸き立つほど楽しかったわ。
あまりにも幸せ過ぎて永遠を信じてしまったほど。
でもそれは案外あっさりとくずれてしまった。
いつもの朝、いつもの天幕、それなのに隣に彼女はいなかったの。
どうしてだと思う?
あててみて王太子様。
あらあら青ざめないで?私が虐めているみたいでしょう?
震えていないで顔を上げてお嬢さん。
ちょうどこの木の下だったのよ。
彼女はドレスを着て倒れていたわ。
追放された公爵令嬢が着ていたドレス。懐かしいでしょう?だって目印だったものね?
あの服を着た女を殺せと命じたのでしょう?
あなたの部下がすべて話してくれたわ。
でも愚かな私は彼女が倒れるまで何も知らなかったの。
あなたたちが公爵令嬢を殺そうとしていただなんてね。
私はずっとずっと守られていたのよ。
馬を駆り、森をさまよった私。
口どめされていた仲間は何も語らなかった。
それでもわたしが彼女の元にいけたのは狼が教えてくれたから。
悲しい声で鳴く彼の後を私は必死で追いかけたわ。
着いた先には、血潮にまみれた彼女が横たわっていたの。
その時の絶望を理解してくれるかしら?
きっと今のあなたたち以上よ。
彼女の姿は盗賊の娘ではなかったわ。
わたしが私だったころの衣服を着ていたの。
紫のドレスは鮮やかな赤色に染まっていたわ。
苦しいだろうに彼女は私を見つけると微笑んでくれたの。
『これで大丈夫。あなたを追う人間はもういない。だからもう自由よ』
そこでようやく愚かなわたしは悟ったわ。
あなたたちが私を殺すためにずっと狙っていたことをね。
彼女は私の身代わりになったの。
絶望なんてもんじゃなかったわ。
わたしに生きる希望をくれた人が私のために犠牲になったのよ。
あの子はこんなところで終わる人間じゃないのに。
美しくて気高い彼女はずっとずっと生き続けなければいけないのに。
わたしの大切なアリョーラは私として死んでいった。
なら私は彼女が見るはずだった景色、生きるはずだった人生をアリョーラとして生きてやると誓ったわ。
これは彼女の髪飾り、これは彼女のターバン、これは彼女のマント。
形だけはあの子とそっくり。
でもいくら真似たって私は優しいアリョーラになれないわ。
だってあなたたちを殺したくてたまらないんですもの。
あら、そんな顔しないで。
怯えた顔なんてらしくないわ。
虐める気はないのよ。
わたしがどれだけ幸せだったかあなたたちに聞かせたかったの。
噂で聞いたわ。
国中から恨まれているんですって?
きっとあなたたちを殺したい人間は山ほどいるんでしょうね。
『おねえさま助けて』
叫ばないで耳が汚れる。
『僕だけは助けてくれ。婚約者だろう?』
うるさいだまれ耳が汚れる。
アリョーラのためなんて言うつもりはないの。
こんなことしても彼女は喜ばないもの。
だから私のために死ね。
私のために命を捧げろ。
剣を振り切ると高い声が響く。
あなたの甲高い声はいつも嫌いだったけれど、今日の音は好きになれるわ。
剣を突き刺すと醜い音がこぼれる。
背中で受けるなんて恥ずかしくないの?
好いた女が倒れる隙に逃げるなんてひどい男。
二人が地に伏し、ハンスも倒れ、わたしはようやく私でなくなる。
苦しい過去も、絶望もみんなみんなここに置いていく。
わたしは盗賊の娘アリョーラ。
盗賊の頭、シェルラドフの娘。
それが私の誇り、私の生きる証。