4.解決
結局、空き巣は現場に置いていったカバンや道具、それから夏美の写真が決め手になって数日後に逮捕された。
実は、夏美はこの空き巣を捕まえるために捜査をしていたらしく、ただの探偵ごっこではなかった。
「まさか、本当に捜査していたなんて……」
「え、知らずに手伝ってたの? {道理で話が噛み合わないはずだわ」
いやいや、ちょっと待て。目的も理由も言わずに探偵だ捜査だ助手だって言われても、理解できるはずがないだろう。
「だって、なんの捜査をしているのかなんて言わなかったじゃん」
「……そうだっけ?」
夏美は「あれえ?」と言いながら首を傾げている。誤魔化しているんじゃなくて本当に勘違いしていたようだ。
この先輩、探偵としてはけっこう優秀かもしれないが、それ以外の事に関して、とくにコミュニケーションという点では完全に人並以下だ。
「そうだよ」
「そんなの、自分から訊けばいいじゃない」
実際の事件の捜査をしているなんて知らないのに、どうやって訊けばいいんだろう。これ、僕が悪いのかな。
考えても分からないし、僕は話題を変えることにした。
「そういえば、なんであの家が狙われるって分かったの?」
「え? それはちゃんと説明したでしょ?」
「あ、うん、塀に囲まれていたり、見えないところに窓があるとかっていうのは聞いた」
「だよね」
「でも、そういう家は他にもありそうなのに、あの家が狙われるってどうして分かったのかなって」
「ああ」
この人、賢すぎて一般人がどういう所で疑問をもつのか理解できないのだろうか。それとも、また別の理由なのか。
「仕方ないわね、今回だけよ。あの家の自販機の横にガムの包み紙とタバコの吸い殻が落ちていたのよ」
「公園に落ちていたのと同じ?」
「そう。犯人は目星をつけた家を観察して、家の人が何時に留守になるか確認していたのよ。で、その時に暇つぶしにガムを噛んだり、タバコを吸ったりしていたわけ。タバコは決まって3本。うち2本はフィルターを噛んでる。苛々してフィルターを噛む癖があるっていうこと」
「どうして2本だけ噛んでるの?」
「1本目のときはまだ時間が経ってないから苛々していないのよ。2本目から噛むってことはちょっとの時間でも待ちきれないせっかちってこと。それでいて、ガムの包み紙は丁寧に折りたたんでいたから几帳面な性格。せっかちだけどきちんと計画してからじゃないと犯行には及ばない。空き巣被害の噂が広まり始めてたからそろそろ危険だし、せっかちな性格からして留守と分かればすぐに犯行に及ぶと思ったの。」
なるほど、そこまで読んでいたのか。これはちょっと、本当に探偵として有能なのかもしれない。
「さすがは天才少女探偵。すごいね」
そう、夏美は事件を解決した天才少女探偵として、新聞の地域欄に載ったりして一躍有名人になっていた。
将太は記事を何回も読み返したし、他の新聞も全部読んでみたが、捜査を手伝った将太の名前はついに出てこなかった。新聞は取材した内容を全部書くわけじゃないし、ひょっとしたら将太の事は話したけど記事にならなかっただけだろうか?
「ねえ、新聞に僕の名前がでてこなかったんだけど」
「君はなんの役にも立たなかったんだから当然よ」
そもそも話してなかったのか……。
写真を撮るのを手伝ったり、他人の家に勝手に入るのを手伝ったり、バレたときに僕が悪者にされたり、少しは役に立ったと思うのだが。
どうせまた『助手のくせに』とか言うんだろう――あれ? そういえば、今『君』って言わなかったか?
どうやら、こっそりと『助手』から『君』に微妙なグレードアップを果たしたみたいだ。
そして、今回の仕事の報酬は、空き巣被害を食い止めた家に植えられていたコスモスの花。
そういえば、お母さんとの思い出の花って言ってたな。
「亡くなったお母さんが好きだったんだよね」
そう言うと、夏美はカッと目を見開いたかと思うと、
「なに勝手に殺してんのよ! まだピンピンしてるわよ!」
すごい剣幕で怒り始めました。
「あ、あれ? だって、『お母さんが昔好きだった』って」
「そうよ、昔は好きだったけど、最近はそうでもないから懐かしくなってもらってきたの!」
「なにそれ!」
夏美はぷいっとそっぽを向いたまま、しばらく無言で歩いていた。
――そしてふと、一言。
「あたし、この控えめな香り、けっこう好きなのよね」
と、コスモスの鉢植えを嬉しそうに抱える姿を見ると、次も手伝ってやってもいいかな、と思ったのだった。
(おわり)
このお話はこれで終わりです。
ありがとうございました。