黒薔薇姫は、夢を見た
『……まさか、昨日の今日で作れるとはねえ』
場面が変わって、出来上がった冷凍庫を前に、幼い姿の私が呟いていた。
『冷凍庫は、中々簡単だったよ。……まあ、冷蔵庫の方は難しかったかな。適度な温度を保たせる魔法陣を作り出すのに、中々時間がかかった』
魔法とは、空気中の魔力を取り込み式によって力の方向性を定め、発動する力。
そして魔法陣は予めその式を何かに刻むことで、魔法を発動させる。
アルベルトは簡単に言うけれども、式を十全に理解して、それを応用するなんて普通はできない。
私の無理難題に、何度も応えたアルベルトならば、できるだろうとは予想していたけれども……まさか、一日でその魔法陣を作り上げるとは。
『はあ……アルベルト、凄過ぎ』
『そこは、素直に喜んで欲しいかな? これで今日にもアイスが食べられるから』
『ええ、そうね。ありがとう、アルベルト。もう冷やしているから、夜にでも食べられると思うわ。アルベルトも、食べるでしょう?』
『勿論』
『ふふふ、良かった。じゃあ、夜は期待していてね』
それから、夜になるまでアルベルトと遊び尽くし、夕食をアルベルトは我が家で食べた。
ウチとアルベルトの家は家族ぐるみで仲が良いので、互いの家で食事を食べることも泊まることも日常茶飯事だったのだ。
『……これが、アイスかあ』
出来上がったアイスを食べながら、アルベルトが興味深そうに呟く。
食事を食べ終わった後、早々に私とアルベルトは私の部屋にいた。
勿論、アイスを食べるため。
『美味しいでしょ!?』
『うん、美味しい。けれど、それ以上に面白いね。氷よりも滑らかな食感なのに、ちゃんと冷たくて甘い。これを考え出した人は、凄いね』
『そうだよねぇ……』
私は彼の言葉に相槌を打ちつつ、アイスを頬張る。
……会心の出来だ。
『アマーリエも満足してくれたみたいで良かった』
『うん! ありがとう、アルベルト』
『どういたしまして。僕としても、楽しかったよ。新しい魔法を思いついたからね。本当に君が前にいたという世界のものは面白い』
アルベルト私が前世の記憶を持っていることを知っている。
彼に前世の記憶を持っているかと尋ねた際に、つい、私のそれを言ってしまったのだ。
まあ……それで良かったと思う。
彼のお陰で何も隠さずに、私は私らしくあれるのだから。
『アマーリエと一緒にいられれば、僕は一生、退屈しないよ』
『それは大袈裟だよ。私の前世の記憶は、確かに物珍しいけれども……この世界にだって、楽しいものは沢山あるもの』
『違うよ。君の記憶だけじゃ、僕の心は満たされない』
「……は? え、どういうこと?」
『君の記憶は、確かに興味深い。それは、認めるよ。けれども、その記憶も君がいなければ僕にとっては無意味なんだ』
サラリと私の髪が揺れた。
その先には、アルベルトの手。
そっと顔を覗き込めば、その表情に浮かんでいるのは苦笑。
けれどもその瞳は澄んでいて、真剣な色だった。
『アマーリエも知っているだろ? 僕の頭には、多くの知識がある。でも、僕にとっては知識は、ただの知識でしかない。君みたいに知識を使って成し遂げたいことはないし、喜びもない。……君だけなんだ。君だけが僕の知識に色を付けて、僕の心と頭を動かす。だから、君がいなければ僕は退屈で退屈で仕方なくなる』
『……十歳の少年が言う言葉じゃないわよ』
『それを言うなら、君の体も十歳そこらじゃないか』
『ええ、そうよ。そうですとも。だから、こんなに戸惑っているのよ。十歳そこらの少年が、十歳の少女に……まるで……』
まるで……愛の告白をしているみたいじゃないか。
好きとか嫌いとか、そんなんじゃない。
一生一緒にいてくれと、プロポーズされているみたいだった。
『……歳なんて、関係ないと思うけど。僕は思ったことを伝えているだけだから』
私の考えを読んでいるかのように、アルベルトが呟く。
益々私の頭の中は彼でいっぱいになって、熱くてどうにかなってしまいそうだった。
……ああ、ダメだ。分かってしまった。
私は……プロポーズそれそのものじゃなくて、彼の言葉に胸がドキドキしている自分にこそ、戸惑いを感じていたのだ。
こんなの、彼のことが好き以外の何物でもない。
私のその変化に気がついたのか、アルベルトは笑っていた。
『……顔、真っ赤』
『誰の、せいで……っ』
『嬉しい』
そっと、アルベルトが私を抱き締めた。
『本気にして良いの? アルベルト。……今ならまだ、子どものママゴトだって無かったことにもできる。私たちの一生は、長いんだよ』
『酷いな。僕の本気、疑ってる?』
『だから、本気にして良いのかと聞いているのよ』
『勿論。それに、君も同じだろう? もしかしたら、長い時の中で、君にとって僕よりも魅力的な男が現れるかもしれない。……まあ、後から出てきた男に譲る気は、サラサラないけどね』
『……また、子どもらしからぬ発言……」
私は観念して、溜息を吐きつつ彼に体を預ける。
『これが僕の性分なんだから、仕方ない。……それと君はさっき、僕たちの一生は長いと言っていたけれども……それも含めて、僕は君しかいないと思っているよ。僕と同じ時を歩めるのは、君だけだ』
『……降参よ、アルベルト。大好き。私をお嫁さんにして。一生、私の側で私のお願いを聞き続けてね』
『僕は愛しているよ、アマーリエ。早く僕のお嫁さんになってね』
その場面で、目が覚めた。
……懐かしくて、愛しい夢。
けれども、今の私にとっては毒。
「……アルベルト……」
つい、彼の名前を呟く。
幸せだった。幸せだったんだ。
彼と過ごした時間は、その全てが丸ごと愛しい。
だから今、こんなにも苦しい。
……まさか幸せが、あんな形で壊れるとは……あの時の私には想像もできなかった。