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黒薔薇姫は、怠けたい  作者: 澪亜
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執行官は、困った

デニスからの手紙に、溜息を吐いた。


……久々に会いたい。

自分がアルトドルファー伯爵領に行くから、時間をくれ?将来のことを、ちゃんと話そう??


思わせぶりな、それこそ第三者が見たら恋文かと邪推するような書き振り。

つい、眉間に皺が寄る。


彼が私のことを異性として好ましく思っているなんて、ありえない。

彼の心が誰に向いているのかを知っているのだから、断言できる。

そして彼もまた、『私が知っていること』を知っている。


それなら、何で彼はわざわざこんな文面で手紙を書いた?

ただ、からかっただけ?それとも、本気で心変わりをしたとでも??

いやいや、ありえない。

考えろ……きっと、こう書くからには意味がある筈。


アルトドルファー伯爵領に来るということは、多分魔王関連で直接私に伝えたい、あるいは、調べたいことがある……そういうことだろう。


それを、何故素直に書かなかったのかと言うと……。


考えて、考えて……そうして思い至った考えに、つい溜息を吐く。


……恐らく、魔塔で何かトラブルがあった。

彼の立場が悪くなる、あるいは身の危険を感じる何かが。

それこそ、手紙すら検閲を恐れて恋文に偽装するほどに。


……そしてそれの意味するところは、多分、魔塔は魔王に関して表に出せない何かを抱えているということ。


もしかしたら、魔塔は知っていたのかもしれない。

魔王が消滅ではなく封印されていることも、もうすぐその封印が解けることも。


憶測の域を出ないけれども、この手紙から察するに限りなく黒に近いグレーゾーンだ。


「……はあ」


つい、再び溜息が漏れ出た。


とにかく、デニスに会ってみなければ分からない……か。


すぐさま、ジークベルトさんにアマーリエ様との面談を依頼し、向かう。


「……どうしたの?ディアナ。随分と慌てた様子だったけれども」


「魔塔の知り合いより、アルトドルファー伯爵領を訪れたいとの申し出がありました」


ピクリと、僅かにアマーリエ様の頬が動いた気がする。


「そう……。随分と、動きが早いこと」


アマーリエ様は、苦笑を浮かべていた。


「……アマーリエ様。そのことで、少しご相談があります」


そう前置きをして、デニスの手紙の内容や魔塔がきな臭いと思ったことを話す。


「……どう思う?ジークベルト」


私が全てを話し終えた時、アマーリエ様はジークベルトさんに問いかけた。


「ディアナさんの話だけでは判断がつきませんが……そもそも、王国で魔王封印に関する話が全く伝えられていないことに私は違和感がありました」


「そうね。誰かが魔王封印に関する情報を隠蔽していて、そのせいで王国には全くその情報が受け継がれてこなかった……そう考えるのが、自然よね。そしてその誰かは、魔塔の関係者ということも、十分に考えられるわ」


「アマーリエ様の仰る通りかと」


「……さて、どうしたものかしら。アルトドルファー伯爵領にとって、隠蔽したのが誰かなんてどうでも良いわね」


暫く、アマーリエ様は無言で考え込むように視線を宙に向けていた。


「とは言え、気になるわね。仮に魔塔が情報を隠蔽した張本人だとして、どうして隠蔽したのか。……デニスという男に会ったところで、その答えが見つかるかは分からない。けれども、答えを見つける一助にはなる」


アマーリエ様はそう呟き、私に視線を戻す。


「……ディアナ。デニスの来訪、許可しましょう。この街に到着次第、この屋敷に来るよう伝えて」


「承知しました」



それから、私はすぐに彼に手紙を書いた。

勿論、彼の手紙に合わせて恋人に早く会いたいと、そう思わせるような文面で。

そうして書き終えると、すぐに魔塔に送るよう手配をした。


「……ふぅ……」


体内に溜まった疲れや緊張を出すように、深く息を吐く。


なんだか、落ち着かないな……。


思えば、この街に来てから随分と色々なことがあった。

これまで信じていたものが、培ってきた価値観が崩れるほどに。


外に出て、空を眺めた。

いつの間にか日は落ちて、星々が輝いている。


……仮に、魔王が復活することを魔塔が知っていたとして、何故魔塔はその情報を隠蔽したのだろうか。


国が、混乱しないため?


……いやいや、何の備えもしないまま魔王が復活してしまった方が混乱は大きいだろう。


それなら、何故……? 


国の安寧よりも、民の安全よりも優先すべき何かが魔塔にあったということ?


……嫌な予感しかしない。


そしてそれと同時に、虚しくなった。


魔塔は、護国の象徴。

万の知識は、億の民のため。

魔の力は、国の礎。


そう、讃えられているのが魔塔。


それなのに……国の安寧よりも、民の安全よりも優先すべきものがあったというのか。


魔塔だけじゃない。……国も、同じ。

民の命を盾に三百年という時を得たというのに、結局その時間を無駄にした。

魔王に関する情報は受け継がれることなく、混乱は必須。


「また会ったわね、ディアナ」


ノロノロと、声の方に視線を向ける。

……そこには、アマーリエ様がいた。


……なんて、美しい人。

思わず、ホォっと息を吐く。

夜闇がより肌の白さを際立たせ、儚い美しさがそこにはあった。


「……どうしたの?何か、あったかしら?」


無言で立ちすくんでいたせいか、アマーリエ様は困ったような笑みを浮かべつつ問いかけてきた。


「……すいません、少し考え事をしていたので反応が遅れました」


「あらまぁ……注意力が散漫していると、思わぬ怪我を負うわよ。お気をつけなさい」


「はい……」


その気遣いに、急に泣きそうになった。


……国も、魔塔も民を守らない。守ろうとしてこなかった。


でも、目の前のひとは違う。

この華奢で美しいひとは、人でないのにこの民を守り続けてきた。


「……どうして……」


ぽつり、言葉が漏れた。


「どうして、アマーリエ様は人に関わり続けるのですか?」


昔、私は物語に出てくるようなヒーローに憧れた。

窮地に颯爽と現れ、救いを齎す物語の中の人々に。


けれども、現実はどうだろう?

愛する人を自らの手で封じ、そのせいで魔力不足に悩み、そして糧を得られず体はボロボロ。


国は彼女を縛り付け、あまつさえ彼女が守ろうとした人々の命を利用することで足を引っ張った。


その上、もしかしたら魔塔まで彼女の足を引っ張ってきた可能性がある。


つまり、彼女の周りは敵だらけ。


愛想を尽かされても、仕方ないだろう。

その両の肩に重い責任だけ負わされ、両手両足に枷をつけられたのだから。



重いと捨てて、消え去っていたとしても誰が責められるだろうか。


それなのに、彼女は領主であり続けた。

封印を、守り続けた。



こうして現実を目の当たりにすると、ヒーロー像とは何て身勝手なものかと苦しくなる。



弱い者を守ることは、強い者の義務なのか。

弱い人への献身は、強い人の責務なのか。

全てを一人に背負わせて、果たしてそれが健全なのだろうか。


「どうしたの、急に?」


アマーリエ様が、少し驚いたような表情を浮かべる。

珍しい反応に、逆に私の方が驚いた。


「……唐突な質問で、すいません」


今更ながら失礼な質問だったと、俯きながら謝罪する。


「……そう、ねえ……。まあ、確かに疑問に思うわよね。だって、どんなに大切に思っても……どんなに絆を深めたとしても、やがてどうせ置いてかれてしまうのだもの」


けれどもアマーリエ様は不快な表情を浮かべることなく肯定してくれた。


「初めは、単なる興味本位だった。それでエルマやカミルと親しくなって、魔王の事件があって……罪悪感や彼らを大切だと思う気持ちが積み重なって、彼らや彼らが大切に思う人たちを見捨てられなくなった。それから領主になって、この地に大切な人が増える度に、どんどん深みに嵌っていってしまったのよね……」


アマーリエ様は、そう言って笑った。


「……私たち半吸血鬼の里が人との関わりを禁止していた理由が、今になってよく分かるわ。一度繋がれた縁は、中々断ち切れないもの」


「アマーリエ様は、後悔していますか?」


「ええ、勿論。結果、アルベルト諸共封印することを選ばざるを得なかったのだもの……私は、ずっと後悔し続けるのでしょうね。けれども、きっと……エルマやカミルと出逢った時点で、こうなることは決まっていた。何度魔王と対峙したあの時に戻ったとしても、多分、私は魔王を封印し、この地に留まることを選んだと思うわ」


「……そう、ですか……」


「勘違いしないで欲しいけど、私が守りたいと思う範囲に王国はないわ。たとえこれから王国に親しい人ができたとしても……多分、そう思うことはもうできないでしょうね。私が大切に思うアルトドルファー伯爵領の人たちを、エメルハルト王が危険に晒したのは紛れもない事実なのだから」


「……そうでしょうね」


私の言葉に、アマーリエ様は声を出して笑った。


「ふふふ……おかしい。貴女、王国の人でしょう?そんなに簡単に、私の言葉に肯定してしまって良いの?」


「え、ま、まあ……確かに、私は王国の者ですよ。だから簡単に、ではないです。立場上、今でもアマーリエ様の御力をアテにしたい、なんて考えていますし。でもそれと同時に……アマーリエ様のお考えを、否定できない自分がいるのです」


私は、俯く。


「分かっています、矛盾した考えだってことぐらい。でも、アマーリエ様。私は、恥ずかしいのです。今まで王国は貴方様に寄生し、重荷ばかり背負わせていたことが」


無意識の内に、ギュッと自身の服の端を掴んでいた。


「……ありがとう、ディアナ」


そう言ったアマーリエ様は、微笑んでいたのに……何故だか私には泣いているように見えた。



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[気になる点] ディアナさん、立場はどうであれココロはもうこっちの人になってる、なりたいと思ってるぽい?
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