執行官は、問いかけた2
「……そういえば、ディアナ。貴女が来た用件は資料の提出だけ?」
……この空気の中で、話題が回って来たと内心溜息を吐く。
とは言え、良い話題転換になるか。
「いいえ。質問がありまして。……何故、アルトドルファー伯爵家は三百年もの間、封印を維持し続けたのでしょうか?」
「……当時エメルハルト王とそういう約束をしたから。貴女も知っているでしょう?」
「ですが、ご存知の通り王国はその約束を伝えていませんでした。つまり約束は履行されていない状態だったので、いつでも封印を解けた筈です。先程、ここにいるロルフが『歴代当主の中には子孫に重い運命を背負わせたくないと封印を解こうとした者が現れなかったのか』不思議に思っていたようでしたので」
「そう、ねぇ……確かに、不思議に思うわよね。王国が約束を伝えていると無条件に信じて、三百年間もの間、封印を維持し続けたことは」
アマーリエ様は、歌うように呟く。
そして笑いながら、ジッと私を見つめていた。
まるで、私の反応を楽しむかのように。
「……交換条件だったのよ。魔王封印の維持は」
「……交換条件、ですか」
彼女のその真っ赤な瞳を真正面から見ていると、自分の足元が覚束なくなるような気がする。
いつもはぐらかしてばかりだけど、彼女が真剣な眼差しをする時には、決まって、残酷な現実を受け止めなければならなくなるからかもしれない。
「そう。三百年前、アルトドルファー伯爵領は魔王や魔獣たちの被害が甚大で、冬が越せるほどの食料もなかったそうなの。それで十年の間は、封印を維持する代わりに、当座の食料や生活に必要な物資を援助して貰ったわ」
「……十年の援助のために、三百年間封印を維持し続けたということですか?」
「まさか。……勿論、それだけじゃないわ。エメルハルト王はね、アルトドルファー伯爵領が独り立ちするのを恐れたのよ。そして、その十年の間に楔を打った。本当に、エメルハルトは賢かったわ」
『楔』と言う言葉に、首を傾げた。
アマーリエ様の傍に控えるゾフィーさんとカイさんがあからさまに顔を顰めていたから、決して愉快な話ではないのだろう。
ああ、嫌な予感はあたる。
できれば、その深紅の瞳から目を逸らしたい。
「アルトドルファー伯爵領の至る所に、地帯防御型の魔法陣が設置されたの」
「確か……対魔獣討伐のための、魔法陣ですよね? 魔法陣の上に魔獣が乗ったら、爆発する仕組みでしたっけ」
「そうよ。その魔法陣に少し手を加えた、時限式の地帯防御型を街中に設置させていたのよ。特定の期間が過ぎた時に、解除の魔法を唱えなければ魔法陣が爆発するって代物」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
思わず、叫んだ。
「ど、どうして街中に?対魔獣なら、街の外でも十分じゃないですか」
ぐるぐるぐるぐる、視界が回る。
どっちが上で、どっちが地上か分からない。
質問をしたけれども、何となくその答えは想像できていた。
それでも聞いたのは、その想像が間違っていて欲しいと願っているから。
ただ、質問を口にして後悔した。
……胃が痛い。何でわざわざ、自分で白黒つけにいったのだか。
曖昧なまま、耳を閉ざせば良かったのに。
けれどもそうしたら、きっと後で後悔しただろう。
知らなかったことを知ったふりして進んだ方が、後悔は大きくなるから。
「ディアナ。……貴女、分かっているのではなくて?」
案の定、私の問いにアマーリエ様は微笑む。
美しく、それでいて見る者を圧倒させるような笑みで。
「……まさか。まさか、あり得ないですよ。だって……」
吐き気がする。
……分かってる。分かってた。分かってた気に、なっていた。
国が綺麗事だけで回らないということは。
「王家が、王国の民を盾にするなんて……」
吐き気を堪えながら、震える声で呟く。
アマーリエ様は、正解と言わんばかりに笑みを深めた。
「ふふふ、ディアナの答えは正解よ」
「どうして、そんな……」
「エメルハルト王はね、恐れたのよ。アルトドルファー伯爵領が、王国の支援を必要としなくなって、独り立ちすることを。もしアルトドルファー伯爵領が独り立ちしてしまったら、封印を維持させるための抑止力が無くなってしまう。だから、エメルハルト王はアルトドルファー伯爵領の民を人質に取った。封印を維持しなければ、魔法陣の解除をせずに爆破させると」
エメルハルト王の恐れは、理解できなくはない。
できなくはないけど……何故、後の世に禍根を残すような真似をしたのだろうか。
「だからアルトドルファー伯爵家は、封印を維持し続けた。後の世に苦労を残そうとも、封印を維持し続けることを選んだエメルハルト王の意向に沿って。それが、全て」
ふわりと、アマーリエ様は笑った。
「エメルハルト王はアルトドルファー伯爵領の民を人質に取った。その上で、アグネスはアルトドルファー伯爵領の民を利用しようとした。ふふふ……本当に、王都の方たちはアルトドルファーを駒としか思っていないのね」
「アマーリエ様! 我々は決してそのような意図は……」
その冷めた目に、ガスパールさんは危機感を覚えたらしい。
慌てて、釈明をしようとしていた。
「意図がなかろうと、私は、私たちはそう受け取ったわ」
「……エメルハルト王のされたこと、我々も存じ上げず……」
「私としては、そのことが王都で伝わっていないことすら驚きだったのだけど?」
「誠に、申し訳ございません……」
「……アルトドルファーは、三百年の時を王国に与えた。その三百年をどう使おうが、それは王国の自由。そしてその結果がどうなろうとも、私たちは知らない。助けることなんて、論外よ。だから、ね?先程のアグネスの件も、謝罪は不要よ。貴女たちがどんな失礼な人たちだって、その考えは三百年前から決まっていたのだもの。私たちの邪魔さえしなければ、それだけで良いの」
邪魔になれば、消す。
そんな圧が、アマーリエ様から感じ取れた。
ガスパールさんたち三人は、顔を真っ青に染めながら震えていた。
私も少し圧を感じて、頬が引き攣る。
幸か不幸か私がその程度の影響に留まっているのは、過去にアマーリエ様を怒らせて意識を失ったことがあるからだろう。
あの時に比べれば、まだマシ。
それに私にとっては、それ以上に謝罪を受け取りすらしないという事実の方が恐ろしい。
勿論、謝罪を受け取って欲しいなどとは口が裂けても言えないのは分かっている。
先ほどのアグネスの失言は、明らかにこちら側の失態だから。
アマーリエ様やアルトドルファーの人たちのことを思えば、尚更だ。
「さて、長話はこれぐらいにしておきましょうか」
アマーリエ様の提案に、ガスパールさんは力なく頷くと立ち上がって感謝の言葉と共に部屋を出て行った。
私もアグネスやロルフと共にガスパールさんの後を追って部屋を出たのだった。




