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黒薔薇姫は、怠けたい  作者: 澪亜
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執行官は、問いかけた

屋敷に戻るなり、私はジークベルトさんにアマーリエ様に会いたい旨を伝えた。


いつでも大丈夫とのことだったので、部屋に戻って簡単に身支度を整えてから向かった。

ガスパールさんたちは、少し休むとのことで夫々部屋に残るとのことで私一人だ。


「……失礼致します、アマーリエ様」


「あら、ディアナ。お帰り」


アマーリエ様は机に向かい、幾つかの書類に目を通していた。


「出直した方がよろしいでしょうか?」


「別にいいわよ。投資先を考えていただけだから」


「アマーリエ様は毎年アルトドルファー伯爵家の資金を市場に流すために有望な企業や将来性のある事業に投資をしているのです」


私の疑問を先回りしてジークベルトさんが説明してくれた。


「ウチに死蔵させても何もならないからね……。今は芽が出ない産業や分野、あるいは開発に莫大な資金を要するために停滞している技術等々にお金を出して、領地の経済を発展させることの方が何億倍も有意義だわ。何より、いざと言う時お金があっても、お腹は膨れないからねえ……」


「なるほど……」


「だから投資して手元に戻ってきたり、得たお金をまた投資しているのよ。それで、何か良い投資先がないかたまにこうして皆が聞き込みしてくれたりあるいは企業から売り込んできた情報を元に考えているって訳。……それで、ディアナ?貴女の用件は?」


「……封印に関して、お願いしたいことと聞きたいことがございまして」


「何かしら?」


「一つ、封印の術式に関して何か資料はありますか?封印が三百年しか保たない、延命することは不可能と他ならぬアマーリエ様が仰る以上、私としては残された時間で魔王復活後の対応を検討する方が遥かに有意義だとは思っています。とは言え、国を動かす以上、アマーリエ様の見解だけを元にする訳にもいかず……術式を魔塔に共有し、一度見解を伺いたく」


「ああ……ガスパールたちが封印の延長ができないか検討したいと言ったのかしら?」


「……」


ドンピシャな質問に、私は黙るしかない。


「まあ、そもそも資料なんてないのよね。三百年前にアルベルトが書いたメモがあったけど……前に話した通り、私の故郷は魔王騒動で壊滅。メモもとっくに灰になっているわ」


「……アマーリエ様が書き起こせばよろしいのでは?」


ジークベルトさんの言葉に、私は素直に驚く。

アマーリエ様が絶対のジークベルトさんが、まさか私の援護に回るとは思ってなかったからだ。


「ここで資料を出さねば、王国との亀裂は深まるばかり。余計な邪魔をされないためにも、それらしい資料を出して満足させた方が良いかと。……三百年も前のことです。アマーリエ様の記憶が曖昧で資料が不完全であったとしても、復興のどさくさに紛れて散逸したと言えば良いのです」


だからこそ、続けれたジークベルトさんの言葉に納得する。

執行官である私の前で、堂々と不完全な資料を作って提出すれば良いだなんて言われても、最早驚かない。


アマーリエ様は、ジークベルトさんの言葉に笑っていた。


「それもそうね。精々、頑張って思い出すわよ。まあ……残り時間は、もう僅か。仮に完全な資料があったとしても、魔塔の人たちが術式を紐解いている間に、封印が解けるでしょうね。万が一、適当な考えで手を出すようなことがあれば全力で阻止すれば良いだけのことだし」


仮に封印の延長措置を施せば、アルトドルファー伯爵領民が敵に回る。

アマーリエ様一人でも王国は甚大な被害を受けるだろうに、少なくとも側近八人とジークベルトさんはアマーリエ様に味方する筈だ。


魔王復活も恐ろしいが、正直アルトドルファー伯爵領が敵に回ることも恐ろしい。


それ故に、今の会話は聞かなかったことにすることを選択するしかない。


「それで、ディアナ。用件は、それだけ?」


丁度そのタイミングで、ノック音がした。

入って来たのは、ゾフィーさんとカイさんだった。


ゾフィーさんはチラリと私を見てから口を開く。


「失礼致します、アマーリエ様。王都から来た者たちが、アマーリエ様とお話がしたいと」


「あら、まあ……千客万来ね。良いわよね、ディアナ」


「え、ええ……勿論です」


「それで、カイ。貴方はどうしたの?」


「……同席しても、良いですか?一応、相手は三人なので、万が一のことがないように」


「あら、カイ?私とジークベルトさんが、あのような者たちに遅れを取るとでも?」


ゾフィーさんの問いに、カイさんは鼻で笑った。


「まさか。念の為だ」


「そ。……なら、良いわ」


「ジークベルト。あの二人がいるから、貴方には別の仕事を任せても良いかしら?投資の話。とりあえず、こことここには早急にこの金額注ぎ込んでおいて」


「承知致しました。そうしましたら、失礼致します」


……ジークベルトさん、お願いたがらここにいて。

そんな願いも虚しく、ジークベルトさんは綺麗な礼をしてから出て行ってしまった。


カイさんとゾフィーさんに比べれば、ジークベルトさんの方が温厚。


三人がやらかした時に、ジークベルトさんがいてくれた方がまだ、場を修復し易いのに。


けれども無常にも、ゾフィーさんとカイさんが控える中、ガスパールさんたち三人が部屋に入って来た。


「失礼致します、アマーリエ様。お時間を頂戴し、ありがとうございます」


「良いのよ。そこに、かけて」


「……なんだ、ディアナ。来ていてのか」


「え、ええ。てっきり、皆さんは今日一日部屋で休むのかと思っていましたので、私がアマーリエ様に封印に関する資料の提供を依頼しておきました」


「そ、そうか……」


「既に快諾いただいてます。厳重に保管されすぐには出せないらしく、準備をして後日お渡しいただけるとのことです」


「ありがとうございます、アマーリエ様」


「礼ならディアナに」


「はっ……はあ……」


アマーリエ様の切り返しに、ガスパールさんは首を傾げていた。


「それで、用件はそれだけかしら?」


「いえ。……明日、外隊の訓練の様子を見学させていただいてもよろしいでしょうか?」


「そのぐらいなら、構わないわよ。どうして?」


「……正直に申しますと、私の想像以上に外隊の練度が高いので。どのような訓練をしているのかを、確認致したく」


「そう……。ゾフィー、ラインハルトに言っておいて」


「承知致しました」


「アマーリエ様、単刀直入に伺います。封印は、あとどれぐらい持つのでしょうか」


「あと、半年とちょっとぐらいね。そういった意味では、執行官を派遣して良かったわね。何も知らず、魔王復活の時を向かえなくて済んだもの」


アマーリエ様は柔かに応えていたけれども、ガスパールさんを含め三人は絶望したような面持ちになっていた。


確かに、あと半年でどれだけのことができるのだろうか。

とは言え弱音を吐いても仕方ないし、やれるだけのことをやるしかない。


「……アマーリエ様。アルトドルファー伯爵領の兵力を王都に置いていただけませんか?」


「アグネス、何を……」


ガスパールさんの問いを遮るように、アグネスが再び口を開いた。


「王族を守るのは、貴族としての責務ですから」


アグネスの言葉に、空気が変わった。

アマーリエ様は笑みを浮かべたままだけど、カイさんとゾフィーさんの気配が、若干鋭いそれになっている。

まだ、二人の沸点には至っていないようだが。


アグネスの言葉に、アマーリエ様は声を出して笑った。


「おかしなことを。アグネス、教えて頂戴な。王国軍は何のためにいるのかしら?王族を守るための部隊もある筈よ」


「先程ガスパールが申した通り、アルトドルファー伯爵領の力は我々の想定以上でした。王族を守るのに万全を期したい身としては、至極当然な依頼かと」


「ふふふ、過剰なお褒めの言葉をありがとう。でも、無理よ。我々の兵力はそこまで多くはない。とても王都には割けないわ」


「一領地と王国の中心たる王都、一体どちらが大切とお思いなので?」


あ、ヤバい。


「アグネス、止めろ!」


ガスパールさんの静止の声も、時既に遅し。


ゾフィーさんとカイさんからの圧が凄まじいものになった。

三人とも、その圧に当てられて完全に顔色が真っ青だった。


「あら、私は王よりこの領地を守り治めるよう爵位を貰っているのよ。その任を全うするのは、当然のことではなくて?」


「し、しかし……」


よくぞこの空気の中反論しようと思ったなと、素直にアグネスのことを感心する。

けれども、悲しいかな。

二人の圧に当てられたアグネスは、それ以上言葉が続かないようだった。


頼むから、これ以上余計なことを言わないで欲しいと願う私としては、その方がありがたいから良いけど。


「しかし、ねえ……」


そう呟きながら、アマーリエ様はジッとアグネスを見つめる。

その姿は妖艶で、女の私から見てもドキリとしてしまうほど。


「貴女、正直に仰いなさいな。貴女が、怖いのだと。だから、私たちに自分を、王都を、守らせたいのでしょう? 本当に、王国の人間は変わらないわね」


アマーリエ様の言葉に、言葉が詰まる。


『人はそんなものだと、諦めていた』……前に、ベティーナがアマーリエ様の考えをそう言い表していた。

まさに、今の反応もその考え故なのだろう。


「なっ……!」


「だって貴女のその要請は、王国中の全ての地域が焦土となろうとも、良いということでしょう?」


「そんなこと……」


「そういうことなのよ。魔王や魔獣と戦う最前線から兵力を引き抜いて王都だけを守らせるということは。仮に私たちが王都に駐在した場合、それまでの領で魔獣を食い止めることはできないでしょうから、王都も戦場になるわね。きっと、凄まじい景色になるでしょう」


私は、人を諦めないで欲しいと、ベティーナと会話をしていた時に咄嗟に思った。

けれども目の前のやり取りをしていて、甘かったことを悟る。


これから先、少しでも気を抜いていたら、こんなやり取りが何度も発生してしまうかもしれない。

そうして、アマーリエ様にとって王国が邪魔な存在だと評価された瞬間……王国は終わりだ。

それだけは、避けなければならない。


「ガスパールさんは、アグネスの提案に賛成ですか?」


「い、いや……。外隊の訓練を参考にして少しでも王国軍の力の底上げは考えていたが、外隊そのものを王都に駐在していただくことは元より考えていなかった。アマーリエ様の仰っていた通り、最前線から有力な兵力を引き抜くのは愚の骨頂だろう」


「そうですよね。……アグネス。貴女、ガスパールさんに相談もせずに何故あのようなことをアマーリエ様に申し入れたの?貴女たちの責任者は、誰?」


「……ガスパールさん」


「ええ、そうよ。執行官は領主様と直接言葉を交わす権利を頂戴しているけれども、それは勝手な交渉をするためのものではない。貴女は今、ガスパールさん、ひいては王族や王国軍の顔に泥を塗ったようなもの。……控えなさい」


私の指摘に、アグネスは顔を真っ赤にして俯いた。

良かった……流石にこれ以上引き下がらないようだったら、実力行使も辞さなかったから。


「部下の失礼な発言、大変申し訳ございません」


すかさず、ガスパールさんがアマーリエ様に向かって頭を下げる。


「謝罪を受け入れましょう。……ただし、これ以上煩わさせられるようであれば、貴方たちを領地から追い出させて貰うわ」


「なっ……!」


ことの発端のアグネスが噛みつこうとしたので、慌てて口を開く。


「控えなさいと、言ったでしょう!?」


「控えろ! アグネス」


私とガスパールさんの言葉は、ほぼ同時に放たれた。


「重ね重ね、部下が申し訳ありません」


シン、と静まり返った部屋の中でガスパールさんの謝罪の言葉が重く響き渡る。


「上司の役回りも、大変ね」


アマーリエ様の言葉に、ガスパールさんは言葉を詰まらせた。

それもそうだろう。

部下の統制ができていないと、婉曲ながら指摘されたも同然だから。


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