執行官は、戻る
黄昏の森からの帰り道、ガスパールさんをはじめ誰も口を開かなかった。
アースドラゴンとの遭遇に既に言葉を失くしていたけれども、魔王の瘴気はそれ以上の衝撃だったようだ。
……その気持ちは、よく分かる。
二回目だというのに、アレを前にして私も言葉がなかった。
アレは……おぞましい、何か。
近づけば近づくほど、寒気が体の底からまとわりつくようにして這いあがり、少しでもそれを払いたいと勝手に身体が震える。
息を詰め、その何かに捕らえられないようにただ身を縮こませることしかできない。
彼らの付き添いでなければ、決して近づきたくない場所だ。
前回はアマーリエ様が私を止めてくれたけれども、今回は誰も止めなかった。
ふと横を見れば、いつの間にかガスパールさんたちは足を止めていて、後ろにいた。
『ここまでのようですね。……調査は、どうしますか?』
ゾフィーさんの問いに誰も答えられず、強制的に運ばれるようにして森の入口まで戻ってきた……という訳だ。
彼らもそこでやっと歩けるようになって、今に至る。
途中でラインハルトさんを含む外隊のメンバーとは別れた。
念の為、負傷したメンバーの付き添いで病院に行くとのことだ。
ゾフィーさんも急いで屋敷に戻りたいとのことで、街中で別れた。
「……あれ、何だったんだよ?」
三人になったところで、ロルフが口を開く。
質問の意図が分からず、私は首を傾げた。
「あんな……あんな……」
そう呟きながら、ロルフは体を震わせていた。
じっと見つめれば、ロルフの顔色は真っ青だ。
他の二人も、似たり寄ったり。
「少し、待っていて下さい」
近くにあったベンチに腰掛けさせ、その場を離れる。
そして丁度この前三人を連れたカフェが近くにあったので、持ち帰りで三人分の温かいお茶を買って渡した。
「……大丈夫ですか?」
少し顔色が戻ったところで、問いかける。
「……あ、ああ……。ありがとう」
ガスパールさんが、何とか言葉を返してくれた。
「……あれが、魔王の封印なのか?」
「はい、そう聞いています」
「……本当に?」
アグネスの問いに、私は溜息を吐く。
「真実なんて、分からないよ。だって、あれ以上近づけないもん。けれども、あの場所に行ったら、アレが……ううん、それだけじゃなくてアレの影響を受けた黄昏の森自体、普通じゃないということは身をもって分かったんじゃない?」
……アマーリエ様が魔王を封印した張本人なのだから、まず間違いない。
勿論アマーリエ様が嘘を言っている可能性もゼロではないけれども、それでもそれ以外に、あのおぞましい何かの説明がつかない。
そう言いたいけれども、吸血鬼のくだりを言うと、またややこしいことになりそうなのでとりあえず黙っておく。
「そうね……」
幸いにも、アグネスはそれ以上言及しなかった。
「……領の奴らもヤベェだろ。何だよ、あの強さ……」
「そうね。確かに、あそこまで強いのは問題よ」
「努力の成果でしょ? それとも、アグネスはアルトドルファー伯爵領の皆が魔獣に蹂躙されていた方が良いと思っているの?」
「そうは言ってない……っ!でも、ディアナも分かっているでしょう?数の上では王国軍の方が優位だけど、この領地の人たちが皆、さっき見た外隊の人たちレベルの強さだったら……質で王国軍は遥かに劣っている。万が一、アルトドルファー伯爵家が王国に牙を向けたその時、誰も止められない」
「それは、そうね。……でも、すぐにそんなこと言っていられなくなるみたいだよ」
「……は?」
「私の報告、忘れたの?魔王の復活の可能性がある、と。で、魔王が復活したら黄昏の森レベルの魔獣が国中に現れるってことを」
アグネスとロルフは、再び固まった。
「……あのレベルが、王国中に現れたら終わりだな」
そしてガスパールさんは、苦笑しつつ呟く。
「魔王の封印を維持する方法は?」
「アルトドルファー伯爵が、自身の大半の魔力を捧げて維持しているとのことです。……けれどもその封印も不完全で、当初に定められた期間を維持することが精一杯だとか」
「……封印の改良の余地は?」
「さっきも言った通り、封印は不完全で手を加えた瞬間に解ける可能性もあると」
「……魔塔に協力を仰ぐか」
……多分、この話をした瞬間にアマーリエ様は怒るだろうな。
そして行き着く先は、魔塔の受け入れ拒否だろう。
何より、下手に手を出されて残された貴重な時間が失われることと、貴重な戦力であるアルトドルファー伯爵領の人たちと反目するようなことになる方が怖い。
「お待ち下さい。当時、魔王の封印を成し得たのはアルトドルファー伯爵。そして封印の維持ができるのも、アルトドルファー伯爵のみ。だからこそ、エメルハルト王はアルトドルファー伯爵に爵位を与え、領地を与えたのです。つまり、あの封印をアルトドルファー伯爵以上に知る者はいないと言うこと。逆に、今まで魔王の封印を見たことも聞いたこともない人たちが封印に手を加えようとしても……」
「解ける可能性があると言うわけか」
「はい。その可能性があるのに、下手なことはできません。なので魔塔に一報するとともに、探りを入れることが良いかと」
「……そうだな」
「むしろ、残された貴重な時間でいかに王国の被害を極小化できるか……それを検討し対策する方が有意義だと思います」
「……なあ、ディアナ」
それまで無言だったロルフが、口を開いた。
「何で、アルトドルファー伯爵は三百年もの間、代々封印を守り続けたんだ?」
「それは……王国から、そういう要請を受けたから」
「いや、それは分かるけれどもさ……普通、自分の子どもにそんな重い運命を背負わせたくないって思わねえ?どっかの代で、王国に陳述するなりして危険性を訴えて、魔王を討伐しようとした当主はいなかったのかなって」
……確かに。
理由は違うけれども、ロルフの言った通り、アマーリエ様の望みは魔王復活。
王国が魔王の封印を要請もろとも忘れていたのだから、これ幸いにと魔王の封印を解いていてもおかしくない。
単純に、アマーリエ様が王国のそんな状態を知らなかっただけかもしれないけれども……約束が伝わっているかも確認していないこと自体がおかしい。
王国民を、守るために?
……否、それもあるかもしれないけれども……そんな理由だけじゃ、彼女の天秤は傾かないだろう。
だってアマーリエ様にとって、魔王の封印を解くことは簡単に譲れるものではないだろうから。
「魔力さえ提供すれば自分と自分の子どもの安全が確保されるっていうのに、わざわざ危険に足を突っ込む人なんている?」
アグネスの問いに、それもそっかとロルフは頷く。
けれども、私は納得できなかった。
小骨が喉に引っかかったような、そんな違和感を感じていた。
結局……その違和感の正体が分かる前に、私たちは屋敷に戻った。




