執行官は、付き添う
「……はあ……」
つい、溜息が口から漏れてしまった。
けれども幸いなことに、ロルフとアグネスの耳には入らなかったらしい。
ガスパールさんだけはそんな私の反応に気がついてそうだけれども、何も言わない。
今、私たちは黄昏の森に向かっていた。
本当は、外隊の護衛付きで三人だけで行ってきて貰う予定だった。
そのために、外隊の人たちの予定を押さえていたのだ。
……それが変わったのは、今日の午前中。
私がその予定を伝えた途端、ロルフとアグネスが猛反対したのだ。
ロルフ曰く「外隊の人たちが一緒では、ありのままの黄昏の森を見ることができない」
アグネス曰く「今回の視察は、黄昏の森が一番の目的。アルトドルファー伯爵家の人たちと行ってしまえば、魔王がいる見せるために何らかの介入……偽装行為が行われる可能性がある」
……とのこと。
勿論、私は三人だけで行くことに猛反発した。
だって、どう考えても生きて帰って来れないもん。
執行官として多少なりとも軍事訓練を受けているぐらいじゃ、全く通用しない。
最大限オブラートに包んで、そのことを説明したのだけど……誰も、聞いてくれなかった。
ガスパールさんまで、「体は鍛えているから、大丈夫だろう」と消極ながら二人を支持する始末。
仕方なくクリスティンさんに急ぎ休む旨を伝えて、三人に同行してきた……という訳だ。
……最悪だ。
とは言え、いつまでも愚痴を言っている場合でもない。
この森で、他所に気を取られている余裕はないのだ。
生き残るため、すぐに戦えるよう集中する。
森の浅瀬で、すぐに魔獣と遭遇した。
あ……良かった。シルバーウルフの群れだ。
この森の中じゃ、まだ弱い魔獣に当たったことに素直に安堵する。
どうやら、まだ運に見放されていないようだ。
とは言え、油断は大敵。
さっさと片付けることが、吉だ。
私は全身に魔力を纏って、一歩踏み出した。
特に目に魔力を纏わせることで、シルバーウルフたちの動きがゆっくりとよく見える。
私が踏み出したと同時に、シルバーウルフの一匹が飛びかかってきていた。
咄嗟に膝を曲げ、体を沈める。
そして、ガラ空きのお腹に思いっきり剣を叩きつけた。
倒れたそれの首を斬りつけ、完全に命を奪った。
……まずは、一匹。
『贖罪の炎』
綺麗な白色の炎が、降り注ぐ。
『暴風の檻』
その炎の力を方向付けるように、風が吹き荒れた。
そして炎は風が指し示す方向に進み、二つの円を形成する。
内側の円は、私とガスパールさんたちを囲むように。
そして外側の円は、シルバーウルフの退路を断つように。
暴風の檻によって、徐々に円と円の間の距離は縮まっていき、やがて逃げ場を失ったシルバーウルフを燃やし尽くした。
魔力の供給を止め、魔法を止める。
「おま、お前……今の……」
ロルフが呆然と呟くけれども、途切れ途切れで聞き取れなかった。
アグネスは、その場で腰を抜かしたように座り込んでいる。
「……怪我は、ありませんか?」
ガスパールさんに問いかけた。
彼もまた顔色は悪いけれども、この中では一番平静を保っているようだったからだ。
「……あ、ああ……」
「一番最初に遭遇したのが、シルバーウルフでまだ良かったです。これ以上……先に進みますか?」
「……この先には、シルバーウルフの群れよりも強力な魔獣が現れると?」
「はい、勿論です。シルバーウルフが入口付近にいるのは、奥で生存闘争に敗れたからです。つまり、奥に行けば行くほど強力な魔獣がいる……ということです」
「……ディアナなら……戦えるんじゃねえか? というか、いつの間にあんなに強くなったんだよ」
ロルフの問いに、私は首を横に振る。
「皆を守って進むのは、無理。……それに、私は全然強くないよ。現に、シルバーウルフの群れを討伐するので精一杯だもの」
瞬間、私の真横で炎が爆ぜた。
よくよく見れば、その奥にはホワイトスパイダーがいる。
すぐさま、剣を抜いてホワイトスパイダーに切りかかった。
上手く機動力を削いだところで、もう一撃剣を振う。
「……ありがとうございます」
ホワイトスパイダーを討伐したところで、どこにいるか分からない私たちの護衛に声をかけた。
多分、黄昏の森に入ることを知って陰ながら護衛をつけて貰っていたのだろう。
タイミングよく炎が爆ぜたのは……多分、その護衛の人の魔法。
ホワイトスパイダーの遠距離攻撃を防御しつつ敵の位置を知らせるために炎魔法を使った……そんなところだろう。
「……油断し過ぎですよ、ディアナ。ここは、黄昏の森。一瞬でも気を緩めれば、すぐに骸を晒すことになるでしょう」
木の上から、ゾフィーさんが飛び降りてきた。
「助けていただき、ありがとうございます。……あの、何故こちらに?」
「クリスティンが貴女を心配して相談してきたのよ。貴女が急に休暇願を申請したということは、何かあったのではないか?と。それで、私が様子を見ていたのです」
「お手間をおかけして、すいません」
「……礼は不要です。遺憾ですが、貴女たちが死んだ場合、王宮はその責任をアマーリエ様に被せようとするかもしれませんので」
……そのようなことは、と否定したいけれども言えないのが悲しいところ。
もし私も含め執行官が命を落としたら、ゾフィーさんの予想は的中するだろう。
「さっさと戻りますよ」
「そんなこと、できる筈がない。俺たちは黄昏の森の調査をしに来ているんだから」
ロルフの反対に、ゾフィーさんの目には呆れが映っていた。
……残念なことに、ゾフィーさんの気持ちの方が分かる。
「……そこの貴方は、先程のディアナの話を聞いていましたか? ここから先は、先程の魔獣より強いものたちが現れます。仮に先に進んだとしても、すぐにディアナだけでは守り切れず骸を晒すことになるだけでしょうね。ディアナに頼らず、一人でシルバーウルフを撃退できていたのであれば、話は別ですが」
直接的に力不足だと言われて、ロルフは顔を顰めた。
……良かった、流石にゾフィーさんの言葉の棘に気が付かない程に冷静さを欠いた状態ではなかったか。
「どうしても、と言うのであれば一筆書いて下さい。私が貴方たちを止めたことは事実であり、仮に黄昏の森で命を落としたとしても自己責任だと理解していることを」
「……それには及びません。ゾフィーさんの言う通り、一旦森を出ます。ディアナ、外隊は午後から同行して貰えるのだな?」
ガスパールさんの問いに、私は頷く。
「はい、その手筈となっています」
ガスパールさんは納得したように頷くと、踵を返して帰り道を歩き出した。




