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黒薔薇姫は、怠けたい  作者: 澪亜
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執行官は、迎え入れる 2

屋敷内を一通り見て回ると、次に軽く街の中を見て回る。


「……報告書には目を通したが、凄まじいな」


ガスパールさんの一言に、同意だと言わんばかりにロルフとアグネスも目を丸くしていた。


「全ての行政システムを国に導入することは難しいだろうが、見習うべき点は多々ある。それに、この地で使われている道具は、王国にどれか一つでも輸入すれば莫大な益を得られるだろう」


「ガスパールさんの言う通りですね。どれか一つでも王家に献上すれば、アルトドルファー伯爵の悪名は直ちにたち消えるほどの代物です。……ねえ、ディアナ。何故、アルトドルファー伯爵はそうしないの?」


早速、アグネスが切り込んできた。

顔は笑っているが、目は笑っていない。

質問の趣旨は、多分、アルトドルファー伯爵の王家への忠誠心を図るためのものだろう。


私が見る限り、アマーリエ様は王家への忠誠心なんてカケラも持っていない。

けれども、今の私にはそれは仕方のないことだと理解できる。

だって、王家は何もしなかったのだ。

アルトドルファー伯爵と伯爵領に住む人々の献身に報いることも、手を差し伸べることも。


王族と貴族との関係は、当然、王家の方が上。

王家は、敬われるべき存在。


だから、その献身を「その程度のものだ」と切って捨てたとしても、それはこの国の制度上全く問題にならない。


けれども逆に言えば、王家に敬われる何かがあってそれは成り立つ。

敬われる何かは、何でもいい。

たとえ、それが財力であれ、軍事力であれ、単純に人望であれ。


けれどもだからこそ、この領地においてそれは成り立たない。

財力も軍事力もそして人望も全て、領地が上回っている。もっと言ってしまえば、アマーリエ様の一人勝ち。


つまり、だ。

王国はアルトドルファー伯爵と伯爵領を必要とするけれども、アルトドルファー伯爵も伯爵領に住む人々も王国を必要としない。


だから、アルトドルファー伯爵と伯爵領の人々は献身に報いることのなかった王家に忠誠心を持つことはないし、それも仕方のないことだと思う。


とは言え、それを馬鹿正直に言う必要はない。


「……私がアルトドルファー伯爵に肩入れしていると疑う貴女に、何を言っても仕方ないと思うけど。それでも言わせて貰うと、アルトドルファー伯爵領は黄昏の森で現れ襲ってくる魔獣と戦っているわ」


「知ってるよ?報告書には、目を通したもの」


「ううん、分かっていない。それとも、分かっていて、私に聞いているのかな?……アルトドルファー伯爵と伯爵領に住む人々は王国の盾となり、王国に魔獣が跋扈しないように魔獣と戦ってくれていたということを」


「……。でも、領地を守ることは領主としての務めじゃない?」


「うん、そうだね。けれども、王国に王国軍の派遣を要請したり、魔獣被害給付金を申請したこともない。つまり、全て自領で賄っている。それがどれだけ大変で、あり得ないことなのか……。それは流石に分かるよね?」


「……」


「浮いた遠征費、給付金のつもり積もった金額がどれほどになるかは計算したことがないから分からないけれども……逆に言えば王国はその分、他に投資ができた筈。それを以て、王国に貢献していないと言える?」


私の問いに、ガスパールさんが笑った。


「やられたな、アグネス。ディアナの言葉の方が筋が通っている。まあ……逆に言えば、それだけ魔獣が到来しているにも関わらず王国軍の派遣や給付金の申請がなされていた形跡が王都でも見つけられなかったからこそ、魔獣が黄昏の森で出るって話に確信を持てなかったのだが?」


「それは、明日以降ご自身の目で見られた方が良いでしょう。ただ……ガスパールさんが、調査の段階で正直に『確信が持てない』なんて言葉を口にするということは、デパートの商品を見て多少は信じる気になったのではないですか?」


「そうだな。お前の言う通りだ。……あれも、やばいな。製品の素材は、どれも厄介な魔獣のものばかり。それがあんな安値で流通しているってことは、絶えず供給されるほどにそれらの魔獣が現れているってことだろう?」


「ええ、その通りです」


ガスパールさんの問いに、私は頷いた。


「……ちなみに、屋敷じゃ聞けないから今聞いておくが、屋敷の人たちは皆ゾフィーさんのようにアルトドルファー伯爵に心酔しているのか?」


「屋敷の人のみならず、領地全体が」


「やべえな、この領地。色んな意味で」


ガスパールさんは、私の危機感を僅かでも理解してくれたようで、苦笑いを浮かべる。


私の危機感……つまり、アルトドルファー伯爵という尻尾を王族が踏み抜いた瞬間、アルトドルファー伯爵領は完全に王国を見限るだろうということを。

そして、その被害は多分、今ガスパールさんが想像するよりも遥かに甚大になるだろう。


「……なあ、ディアナ。少し、喉が渇いたんだけど。それから小腹も空いた。何か、良い店はないか?」


「この辺りのお店は、どこも美味しいけど……あ、あそこの店に行こうか」


ロルフの問いに、私は一つ店を案内する。

高級路線ではなく、労働者が手軽に手早く食べれることを目的とした店だ。

これからアマーリエ様との面談もあるし、時間を考えると丁度良いだろう。

レジで注文し先にお金を払うと、すぐに商品が提供された。


勝手知ってるお店なので、彼等の食べたいものや飲みたいものを纏めて注文し、商品を貰って席につく。


「面白いお店ね。このお店のシステムも、王都では見かけない」


「そーだな。時間的にも金額的にも、働いている人たちも手軽に来れて良いシステムだ」


アグネスの呟きに同意しつつ、ロルフが注文したものを口にする。

彼が頼んだのは、パンの間に肉や野菜が挟まれた食べ物だ。

気に入ったのか、若干頬を緩めている。


「……なあ、ディアナ。俺からも質問良いか?」


食べ終えたタイミングで、ロルフは質問を口にした。


「さっき、ディアナが支払った時に貨幣じゃなかった気がするんだが。一体、どういう仕組みなんだ?」


「カード支払い」


「……カード?」


「これ」


渡したのは、形は長方形、大きさは手に収まるぐらいで少し厚めの鉄板のようなものだ。


「このカードを専用の装置に翳すと、勝手に銀行からお金が引き落とされる仕組み」


「それ、どういう仕組みなんだ?」


「ご存知の通り、魔力は人それぞれ指紋のように波長が異なるでしょう?で、このカードに刻まれている魔法陣は、どうやらその魔力を覚え込ませることができるみたい。だから、この上ない本人確認になるという訳。勿論、銀行口座にも私の魔力を登録済み。……つまり、このカードは鍵みたいなものよね。読み取る装置に私の魔力と共にカードを翳すと、銀行口座の鍵が開くみたいなイメージ、ってところかしら? 逆に読み取る方の装置は、誰に幾ら売上を払ったのかを記録して銀行にそれらのデータが届くような仕組みになっているの。更に銀行には、そのデータを元に勘定を動かす装置が別にあるらしいわ」


「……だめだ、全然分からん」


「大丈夫。私も詳しい仕組みはよく分かっていないから……」


「……じゃあ、もう一つ質問。店主はアマントって言っていたけれども、アマントはなんだ?」


「カードでの支払いは、アマント単位で売買されるの。一アマント一銅貨の価値。ホラ、貨幣だと銅貨・銀貨・金貨・白金貨とか種類が色々あるでしょう?カードのデータのやり取り上、それら貨幣の違いまで識別できないらしいから、アマントで統一しているらしいの。……尤も、貨幣でやり取りする時は当然銅貨・銀貨・金貨でやり取りするよ」


「ふーん……ややこしいやり方をするんだな」


王国法上、貨幣の勝手な生産はできない。

ただし、アマントは貨幣ではない。

あくまで、貨幣は王国共通のものであり、それを基軸とした運用方法を採用しているだけ。


なのでこれが罪に問われるかと言えば……それは難しい。そもそも、カードの仕組み自体ないので判断も難しいのだけど。


それから先、特に新たな質問を受けることもなく私たちは屋敷に戻った。


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