執行官の、日常 4
今日もいつも通り、官棟で仕事。
「はあ……」
書類業務でミスをしてしまって、肩を落とす。
先輩たちがフォローしてくれたおかげで事なきを得たけれども、落ち込んだ。
そして業務中、ダメだと分かりつつもずっと気持ちを切り替えることができず、終業後も気落ちしつつ屋敷に戻った。
「……おや? 貴女は……」
屋敷に戻ると、玄関口で見覚えのない人と遭遇した。
「初めまして。王都より派遣されました執行官のディアナ・バルテンと申します」
すぐさま、姿勢を正して挨拶をする。
「やはり、貴女がそうでしたか。そろそろ戻って来ると伺ってましたので挨拶をと。申し遅れました、私は内隊隊長のアインと申します」
丁寧な言葉遣いと同様、服装もかっちりとしていた。
少し冷たい印象を与えるような、そんな顔立ちと雰囲気だ。
……それにしても、この領地は本当に美形が多いと失礼にならない程度に彼の顔を見た。
「ああ、貴方がですか。こちらこそ、至らない点が多々あるかと思いますが何卒よろしくお願い致します」
普通に挨拶を返しただけなのに、何故かアインさんはピクリと反応を示す。
あれ、私何か変なことを言ったっけ?
けれども彼の表情を伺い見ると、柔らかな笑みを浮かべていた。
さっき感じた違和感が、気のせいだと思えるほど一瞬で切り替わっている。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
それから私はアインさんから離れ、ダイニングに向かう。
今日の夕食は何かなと、少しだけ気分が上がりつつ部屋に入った。
「あれ?」
部屋の中には、見覚えのある人が一人。
アインさん……けれども、先ほど見た彼よりも少し柔らかいというか緩い雰囲気に違和感を感じる。
そもそも、アインさんとは先程玄関口で別れたばかりなのに、何故もうここにいるのか……と、そこまで考えて、ベティーナとの会話を思い出した。
「初めまして。王都より派遣されました執行官のディアナ・バルテンと申します」
「さっき、挨拶をしたばかりですよね?」
アインさんと同じ口調に、同じ声。
やっぱり、アインさん……? けれども、私を抜かして先にここに来ることは、物理的に不可能な筈だ。
「いいえ。ツヴァイさんとは初対面です」
「……ツヴァイ、貴方の悪戯は失敗ですよ。恐らく、彼女は誰かから私たちの話を聞いています。先程私と話した際、貴方『が』アインさんですね……と言っていましたから」
いつの間に来ていたのか、後ろからひょっこりとアインさんが顔を出して解説する。
「ちえ……そっかー。執行官さんの驚く顔が見たかったのに、残念残念」
ツヴァイさんは悪戯が失敗した子どものような表情を浮かべつつ、服装を崩していっていた。
「はじめまして。僕の名前はツヴァイ。内隊副隊長をしているよ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
初っ端から悪戯を仕掛けてくる彼に驚きつつも、その感情を引っ込めて挨拶を返す。
「執行官さんは、もうこの領地に慣れた?」
「はい、皆さんに良くしていただいていますので」
「ふーん……」
ツヴァイさんは、笑みを浮かべている。
けれども、気を緩めてはダメだと頭の隅で警鐘が鳴っていた。
「ま、それは良かったね。これからやって来る君のお仲間が受け入れられるかどうかは、君次第だから」
一瞬、私は固まった。
すぐに、私の同僚たちを指しているのだと理解する。
「ええ、そうですね。彼らが皆さんを不快にさせるような不用意な行動を起こさないよう目を光らせることが私の役目と理解しています」
だからこそ、他意はないのだとしっかりと言葉にした。
「そっか。……ま、頑張ってね。応援してるよ」
けれどもツヴァイさんは諾とも否とも言わず、笑みを浮かべていた。
「……アイン、ツヴァイ。アマーリエ様がお呼びになっています。ディアナも共に行くと良いでしょう」
丁度そのタイミングで、ジークベルトさんが現れた。
「……良いのですか?」
彼の言葉に、念のため確認する。
「何を今更……対魔王戦の案件に携わっている貴方は、当家の兵力を十分に理解されています。その状況下で聞かれて問題になることは、そうそうにないでしょう」
確かに……と内心頷く。
私たち執行官の役目は、各領地の状況を視察し把握し、そして報告をあげること。
その中で特に重要なのは、兵力だ。
けれども、兵力を易々と明かすことは普通ない。
それなのに、この家は簡単に最重要機密とも言えるそれを私に明かした。
……まあ、明かされて思ったけれども……。
アルトドルファー伯爵領は、普通に王家と比べ物にならないほどの質と量を保っている。
この状態で、逆に王家が「アルトドルファー家に謀反の意があり」と討伐に乗り出したところで、返り討ちに遭うのがオチだ。
そもそもで、アマーリエ様と配下の七人がいればワンサイドゲームになりそうな気がする。
そもそもで、私がアルトドルファー伯爵領は危険だという論調で報告をあげようとも、信じて貰えない可能性が高い。
今回は魔王案件だったからこそ取り合って貰えたけれども……何せ、あのアルトドルファー伯爵領だ。
練度の高さや質を宣伝したところで、失笑される。
つまり、だ。
本来有益な情報は、私にとって非常に頭が痛い代物でしかない。
王都をイタズラに刺激し、アルトドルファー伯爵領との溝を作らせることなど以ての外。
かと言って、嘘を伝える訳にもいかない。
そんな、綱渡りな状況に置かれてしまったのだ。




