執行官の、日常 3
屋敷に戻り食事を摂ってから、訓練を始める。
先週、二回目の第一段階……魔力の変換が終わった。
それで、今週からは二回目の第二段階。
意識を集中させると、一回目のときよりも、空っぽで乾いた体が満ちていくような……そんな心地良さを感じる。
目を閉じて、深く息を吸って吐いた。
耳に入るのは、私の息の音だけ。
……とても、静かだ。
そうして瞑想していると、少しずつ自分の体に流れる魔力が感覚的に分かるようになっていく。
……凄い。
一回目の時よりもずっと、体に流れる魔力が濃い。
そうして瞑想を続け、次に目を開けた時には、訓練を始めてから二時間ほど時間が経っていた。
あっという間だったな……と思いつつ、お腹をさする。
お腹、空いたな……。
そう思ったタイミングで見事、お腹が鳴った。
私は、そのままダイニング向かう。
冷蔵庫にあるものは食べても良いとジークベルトさんからお墨付きを貰っているのだ。
適当に食材を選ぶと、軽食を作り始める。
冷蔵庫を含む各種調理に必要な道具をはじめ、日常生活のありとあらゆる道具が画期的かつ便利だ。
この生活に慣れたら、王都で暮らせるのかな……なんて思う。
丁度作り終えたところで、ヴォルターが部屋に入ってきた。
「こんばんは、ヴォルターさん」
「お疲れ様です、ディアナさん」
「ヴォルターさんも、夜食ですか?」
「いや……今日はご飯を食べてなくて」
ヴォルターさんの苦笑混じりの言葉に、思わず溜息を吐く。
「また、ですか。根を詰め過ぎて、寝食を忘れることは体に良くないですよ。皆さん、心配していらっしゃいます」
「……そうは言っても、一日の時間は限られていますし……優先事項が高いものから時間を割くのは、当然のことです」
「生きていくためには、寝食も優先度が高いですよ」
……なんて言っても、響かないだろうなと思いつつ机の上に食事を置く。
「……やることが多くて時間がないと言うなら、効率化を図れば良いじゃないですか。幸いにも、この領地には便利なものも沢山ありますし。まあ、睡眠時間だけは効率化を図ることは難しいですけど」
「効率化……効率化。そうか……!」
突然、何かを思いついたかのようにヴォルターさんは立ち上がると、歩き出す。
「あ、ヴォルターさん……っ!」
反射的に呼び止めたけれども、ヴォルターさんはそのまま部屋から出て行ってしまった。
「……余計なこと、言ったかな?」
思わず、独り言を呟く。
……このまま放っておいたら、多分、ヴォルターさんはご飯を食べない。
それで体調を崩したとなったら私は後悔するだろう。
私は溜息を一つ吐くと、再び調理場に戻った。
そして彼用の夕食をアレンジすると、彼の研究室を訪れる。
「……失礼します」
ヴォルターさんの研究室は、相変わらずごちゃごちゃしていた。
机の上や棚どころか、ありとあらゆるところに本が乱雑に積み重ねられ、ところどころに紙が落ちている。
一見ただ散らかっているだけに見えるけれども、彼の中ではその惨状で整理ができているらしく、部屋の掃除をすると怒ることで有名だ。
私は本や書類を動かさないように注意しつつ、彼に近づく。
「ヴォルターさん。これ、食べて下さい」
「あ、ああ……ディアナさんか。申し訳ないけど……」
ヴォルターさんは振り向きざま、私が持って来た更に目を映す。
「片手で食べられるものばかりです。これなら、研究しながら食べられるでしょう?」
一瞬、ヴォルターさんが固まった。
けれども、その後柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。助かります」
部屋にいたら邪魔になるだろうな、とそそくさと部屋を出る。
丁度部屋から出たところで、バッタリとカイさんに会った。
「あ? 何でお前、ヴォルターのところに?」
「こんばんは、カイさん。ヴォルターさんのところに食事を届けていたんです」
「そうか……。手間をかけて悪かったな」
「いえ……」
それ以上、話すことはないとカイさんはさっさと歩き出した。
それから私はダイニングに戻り、やっと夜食にありつく。
我ながら、美味しくできたなーと自画自賛しつつ食べていたら、ベティーナが現れた。
「あれ? ディアナ、随分遅くにご飯を食べてるね」
「これ、夕飯じゃなくて夜食なの。訓練したら、お腹が空いちゃって……こんな時間に食べたら太ると分かってはいるんだけど……」
「あーまあ、ディアナは筋肉があるからすぐには太らないよ。むしろ、その分消費してるからこそお腹が空くんだろうし」
「ありがとう。……ベティーナこそ、こんな時間にどうしたの?」
「ん?ちょっとお茶でも飲もうかなぁって」
ベティーナは、そのままキッチンの方に歩いて行く。
そして次に戻ってきたときにはカップを二つ、その手に持っていた。
「はい、ディアナもよかったら」
「ありがとう」
「大分、この領地にも馴染んできたね」
「うん、ベティーナのおかげだよ」
「そんなことない。ジークベルトさんはともかく、クリスティンさんは使えないと思ったら業務を任せないだろうし、ラインハルトは強くなろうと努力しなければ見向きもしなかっただろうね。ヴォルターは……まあ、君が細やかな気遣いをするのと、王都の魔術式を幾つか提供したからかな? 君がここに馴染めるよう心を砕かなければ、きっと今頃何にもできずにいただろうね」
「うーん……結果的にそうなったってだけだよ。クリスティンさんのところに行ったのは、私のそもそもの仕事が領政の補佐だからっていうだけだし、鍛錬を始めたのは自分の弱さに嫌気がさしたってだけだし、魔術式を教えたのも自分が強くなるためにヴォルターさんに教えを請いに行った延長だし」
「はは、自然にそうして努力できるところが君の美点だね。だから、そう卑下するものじゃない。結果的にそうなった? 良いことじゃないか」
「ありがとう、ベティーナ。……確かにここに来た当初より馴染めるようにはなって、良かったよ」
「うん、うん」
「……そういえば、どうして皆はこの屋敷に住んでいるの? 今更な質問だけど……ホラ、皆それぞれ重要な役職に就いているでしょう?個人宅を構えてもおかしくないかなって」
「ああ、それは私たちが望んでいるからだよ」
「……アマーリエ様?」
「そうだよ。……この領地にいる人は誰もが、アマーリエ様の側近くで仕えたいと望む。尊敬する人と一緒にいたいっていうのが一番大きいけど、側にいればいるほど恩恵を受けられるからね。例えばラインハルトなんてこの屋敷にいれば、たまに帰ってくるアマーリエ様とすぐに鍛錬できるでしょう?ヴォルターも、アマーリエ様が帰ってくる度に魔法術式の議論を延々としているし」
「まあ、確かに……」
「とはいえ、あまり大勢で押しかけるのはアマーリエ様のご迷惑。という訳で、七人だけがこの屋敷または領都でアマーリエ様の側近くで仕えること許される。で、この領地ではその許しを得ることが最も誉れ高いことになるんだ。勿論、私もアマーリエ様の側近くで仕えられることが決まって天にも昇る心地だったし……口には出さないけど、他のメンバーもそう」
……本当に、アマーリエ様への忠誠心が高いなと、改めて思う。
アマーリエ様の過去を知ったときに随分と失礼なことを言ったけど……よく生きて帰ったなと、自分の幸運を改めて噛み締める。
「へえ……そういうこと。七人っていうと……」
「まず、外隊の隊長であるラインハルト。それから、魔術式研究家のヴォルター。医療研究者の私。それから、領都の屋敷に住むことを許されているのが従者のカイくんと、侍女のゾフィーさん。……ちなみに何となく察しているかもしれないけど、領都までついていけるってことは、他のメンバーに認められた、七人の中でも特に有能な人ってことだよ。あとはクリスティンさんと内隊隊長・副隊長のアインとツヴァイ」
「あれ、八人じゃ……」
「アイン・ツヴァイは兄弟で、アマーリエ様が特例としてお認めになったんだよ。ま、そもそもアマーリエ様は何人でも良いのに……と仰っているんだけどね」
「な、なるほど……。それなら、逆にクリスティンさんとアインさんツヴァイさんがこの屋敷にいないのはどうして?」
「クリスティンは名家の当主でもあるからねぇ……一族の手綱をしっかり握ってこそアマーリエ様のお役に立てるってことらしいよ。あとアイン・ツヴァイは内隊でそれぞれ別の街の警備を任されているから、この街にそもそもいないし」
「な、なるほど……」
「ああでも、今度魔王戦の話し合いに二人も久し振りにこの街に来るらしいよ。その時の滞在場所は、この屋敷だね」
「へぇ……アインさんとツヴァイさんか。どんな方なんだろう?」
「ま、危害を加えなければ大人しいよ。あと、アマーリエ様に失礼さえなければ」
「なら、他の方々と一緒だね」
「そういうこと。……ああ、もうこんな時間か。少し、話し込み過ぎたね。私はそろそろ行くね」
「あ、うん。ありがとう、ベティーナ。おやすみ」
「おやすみ、ディアナ」
私もカップの中身を飲み干すと、ベティーナに続いて部屋を出て行った。




