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黒薔薇姫は、怠けたい  作者: 澪亜
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黒薔薇姫は、探す


ハァ……と、溜息を吐く。

全然、ディルクという人物が見つからない。

三百年も昔の話だから、仕方ないことなのだけれども。


中央図書館には、一般の人には貸出どころか入室すら禁止をしている区域がある。

それは、領棟に収まりきらない膨大な資料を保管するための場所。

そのため、禁止区域は厳重な警備が敷かれている。

勿論、領主の私はフリーパスだけど。


禁止区域には、個人データも残されている。

個人データとは、似て非なるものだけど日本でいうところの戸籍。

この領地では、生まれと共に番号が付与される。

その番号はその個人を特定するためのもので、例えば納税であったりとか補償を受ける際に活用される。

最近では、その活用先を広げようと領政会で議論されていたような気もするけど……そういえば、どうなったんだろうか。……今度、聞いてみよう。


それはさておき、紙社会のこの世界では、何らかの事故が起きて破られたり燃えたりして記録が永久に失われるというリスクが、常について回る。

そんな訳で原本をここに全て保管していて、今、生きている人たちの控えを領棟で保管しているという体制を取っていた。


官棟の記録の方が、写を保管している分、気楽に見に行けるのだけど……流石に百年を超えるとら官棟には残っていない。

あったとしても、私のぐらいだ。


そんな訳で、中央図書館に来たのだけど……やっぱり、目当てのものは見つからなかった。


個人データの制度が始まったのが確か二百年とちょっと前ぐらい……ギリギリ残っていたら儲けものだなぐらいの考えだったから、仕方ない。


けれどもここにないとなると、考えられるのは……歴史的な資料としての価値があると保管している当時の日記とかだけど……目当ての名前が記載されている可能性は低いだろう。


軽く体を伸ばす動作をしてから、図書館を出た。

一つの体勢で長時間いると、体が固くなってしょうがない。


欠伸を噛みながら、屋敷に戻る。


いつの間にか、日を跨いでいた。

基本的に中央図書館だとか重要な施設は、私が昼夜逆転生活を送っているせいか、二十四時間体制だ。

おかげで、日付感覚が薄くなっている気がする。


「失礼します」


「あら、カイ」


「今、大丈夫っすか?」


「ええ、勿論。……あ、話しが終わったら、体を動かすのに付き合ってくれない? ずっと本を読んでいるからか、何だか体がこっちゃって」


「勿論、大丈夫ですよ。むしろ、俺がお願いしたいぐらいです」


「それなら良かった。……あ、話を遮っちゃってるごめんなさいね。何か、用?」


「あの、王都から新たに人が派遣されるって聞いたんすけど……」


カイの言葉に、ディアナのそれを思い出す。

そういえば、そんなことを言われたな……と。


「受け入れるんですか?」


「ええ、そのつもり」


「アマーリエ様の決定を否定するつもりはねぇっすけど……警戒した方が良いと思います。王都から来る奴なんて、信用ならねえ。三百年前だって……」


「そうねぇ。……本当に、エメルハルトのような人がいれば、今の王都の状況は変わっていたかもしれないわよね。あんな……なりふり構わずって感じの交渉、本当に驚いたもの」


「アマーリエ様は、優し過ぎですよ。……そんなオブラートに包んだ言い方するなんて。その交渉は、アマーリエ様の優しさに漬け込んだ、脅迫ってやつです」


「そうかもね。……まあ、良い勉強にはなったわ。人は人のためにどこまでも残酷になれる……ってね」


私の笑みに、カイは眉を顰めた。


「……それでも、受け入れるんですか?」


「ええ。……多分、彼らは何も知らないでしょうから」


「……そんなの、分からないじゃないですか」


「少なくとも、ディアナはそうじゃない?」


「……そう、ですね。あれで演技だとしたら、職を間違えてる」


「あら、認めるのね。なら、もう少し牙を引っ込めれば良いのに」


「それとこれとは別です。知らなかった、で済むと思いますか? 俺は……知ろうともせずにいたことすら、耐えられない」


「難儀なことね。……ああ、そういえば、特異点の様子はどう?」


「どれも相変わらず、ですよ。瘴気が溜まってるのに、魔獣が一匹も出てこない。おかげで、瘴気がどんどん溜まってます。かなりヤバイですね」


「そう……。まあ、この領地の皆なら大丈夫だとは思っているけど、引き続き監視させておいてね」


「了解です」 


カイの応諾を聞いてから、私は再び立ち上がり体を伸ばした。


「……さて、体を動かしますか」


そして私たちは、訓練場に移る。

月が真上よりも少し西にある辺り、大分夜も更けているようだ。


ふと、人の気配に気がついて足を止める。


「あら、ディアナ。遅くまで、頑張っているわね」


「えっ……あ……」


「あら……邪魔しちゃったみたいね。ごめんなさい」


「いえ!」


私の謝罪に、ディアナは首を横に振った。


「それにしても、随分と頑張っているみたいね。……魔力がよく循環しているわ」


彼女の身体を巡る魔力は、当初この領地に来たときよりも質も巡りも随分良くなっている。

思ったことを素直に述べると、ディアナは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。……ベティーナのおかげです」


「彼女から聞いているわ。ディアナは随分と頑張っているって。……申し訳ないけど、ディアナ。少し訓練場を、使わせて貰って良いかしら?」


「勿論です! あの……もしアマーリエ様がここで訓練するのであれば、端で見させていただいても良いでしょうか?」


「訓練……というより、ただ体を動かすだけよ? それでも良ければ」


「ありがとうございます!」


ディアナが端に移動するのを見届けてから、カイと向き合う。


先に動いたのは、カイ。

彼の拳を避けつつ、私も手刀を振り下ろす。

そこから、暫く私たちは互いに攻防を繰り返した。


彼の動きに、口の端が上がる。

……随分と強くなったものだ。

一つ一つの攻撃が重いのは昔からだったけれども、動きが速くなっている。

小さい頃から見ているからか、つい、その成長ぶりに嬉しくなった。


そろそろ体がほぐれてきたかな……というところで、どちらから言うでもなく組手は終わった。


「付き合ってくれて、ありがとう」


「こちらこそ」


最後にもう一度体を伸ばしてから、ディアナの方を向く。

……何故か、彼女は固まっていた。

直立不動のまま、一切動かない。

まるで、時が止まっているようだ。

唯一、瞬きをしていることだけが、彼女の時が止まっていないことの証だった。


「ディアナ。……何か、気になることがあった?」


「……あ、い、いえ……」


彼女の反応に、私は首を捻る。


「大丈夫?」


「……大丈夫です。もっと鍛錬を頑張らなければならないと、思いを新たにした次第です……」


彼女の瞳をじっと眺める。

強さを渇望する色に、懐かしさを感じた。


「そう……。向上心があることは良いことね。……それなら今度、外隊の見習いたちの訓練に参加してみる?」


「え!……良いんですか?」


「ええ。ベティーナだと、魔法関連は教えることはできても、体術だとか剣術に関しては教えられないでしょうし」


「ありがとうございます!」


「さて、私はそろそろ部屋に戻るわ。カイ、付き合ってくれて、本当にありがとう」

     

そして私は、部屋に戻ったのだった。




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