執行官は、恐れた
や、やっぱりそんな反応ですよね……。
分かっていたとはいえ、心臓が凍る心地がした。
チラリと視線を横にズラせば、ジークベルトさんが視界に入る。
彼は、表情こそ柔らかな笑みのままだったけれども、目は笑っていない気がした。
ど、どうしよう……。
私としては、何とか受け入れて貰うように持っていきたいのだけど……。
口を開くタイミングを伺っていたら、アマーリエ様が溜息を吐いた。
「……まあ、妥当な判断ね。むしろ、最初からありえないと決めつけないあたり、有能な上司なのね」
「あ、ありがとうございます?」
思いがけない褒め言葉に、つい疑問形でお礼を言ってしまった。
「はぁ……でもその人たち、絶対私のところにも証言を求めてやってくるでしょう? 本腰入れて調査をしてくれるのは良いけれども、正直面倒だわ」
「あの、どうか受け入れていただけませんでしょうか。確かにアマーリエ様の仰る通り、アマーリエ様のお言葉を直接確認させていただくことはあるかと思います。ですが、それ以外では、なるべく皆さんにはご迷惑をおかけしないようにしますので……!」
苦しい申し出だ……とは思ったけれども、それ以外に言葉が思い浮かばなかった。
もう一度、アマーリエ様の方から溜息が聞こえて来る。
……やっぱり、難しいか。
「ごめんなさい……少し、貴女を虐め過ぎたわね。面倒だけど、受け入れるわよ。貴女はやるべきことを数少ない選択肢の中から手を選んで、結果、それが実って新たな派遣官が来る。選択肢を狭めた私が、協力を断るのは意地悪が過ぎるもの」
「アマーリエ様……っ!」
「けれども、可能な限り貴女のところで面倒を見てね」
「勿論です、ありがとうございます」
難題からの解放感に浮き足が立ちつつも、早速上司へ返事を送る手配をする。
それから、私は剣を手に持って外に出た。
……悲しいことに、この領地に来てからは何度も自分の実力不足を実感させられている。
空いた時間は鍛錬に回すようにし始めた。
一番話しやすいベティーナに相談したところ、彼女が空いている時間に鍛練の様子を見に来てくれることになった。
正直、的確な指示を出してくれて助かっている。
戦闘職ではないベティーナの教えが必要なほど、この領地基準では弱いのか……と、更に凹んだこともあったけれども、少しでも強くなれるんだったら、何でも良いと割り切りはじめていた。
「頑張ってるねぇ、ディアナ」
姿勢を正し、目を閉じ、そして身体の中にある魔力の流れを感じ取る鍛練をしていたら、いつの間にかベティーナが来ていた。
「ベティーナ!」
「集中」
「あ、はい……」
もう一度、目を瞑って集中する。
時が経つにつれ、段々と身体が軽くなるようなそんな心地がした。
「うん、少しは良くなっているかな?」
ベティーナの反応に、私はホッと胸を撫で下ろした。
「さて、おさらいだけど……今、ディアナに教えている鍛錬は三段階。第一段階は魔力の変換」
「うん、大気中の魔素を魔源に取り込み魔力を生成するときに、純度の高い魔力を生成する鍛錬……だよね」
「その通り。じゃあ、純度の高い魔力を作る利点は?」
「純度の低い魔力よりも、少ない魔力で魔法を使えるようになる」
「そうだね。魔法を発生させるために必要な魔力は質かける量。量は生まれ持った魔源で決まってしまうから、成長させようがないけれども……質は変えられる。ディアナに、ぶっ倒れるまで魔力を毎日使ってもらったのは、それが理由。魔力を常に放出させ続けると、生き残るために、素早く魔力に変換するよう魔源を作り替える。その上で更に魔力生成が追いつかない程に魔力を放出させ続けると、今度は少ない魔力で魔法が使えるよう質を上げるようになる」
……あれは辛かったなーと、当時のことを思い出してつい乾いた笑みが浮かぶ。
「でも、それって長くやれば長くやるほど質が良くなるってことだよね? 私、一週間しかやってないけど……続けていたら、更に質が良くなるってこと?」
「限界以上に魔力を使うんだよ? やり過ぎたら、今度は魔源が壊れる。だから、一旦休ませているだけ。少し間を置いて、繰り返しやっていくのが一番」
「あ、なるほど……」
「で、今やっているのが第二段階」
「魔力の流出、だよね?」
「そう。たとえば人は歩くとき、筋肉の一つ一つがどう反応しているかを意識しないまま、前に進んでいる。魔力も、同じ。魔力がどう全身に行き渡っているか把握しないまま、魔法を使っている。これを把握できていないと、無駄が多いんだよね。魔法を使う時」
「今まで全く知らなかったよ……そんな概念があること自体」
「まあ、この領地では古くから魔力について研究を重ねているからね。人の身で、どれだけアマーリエ様に追いつけることができるか。そして、どれだけ魔王戦でお役に立てるか。それを追求して早三百年だもんね」
サラリと言っているけど、凄いことだなと純粋に思う。
あの圧倒的な力を前にして、折れず、むしろ奮起して領単位で研鑽し続けてきたということだから。
「ちなみに魔力を身体中に巡らせることで身体能力を強化することができるのは、ディアナも知っていると思うけど……」
ベティーナの言葉に、私は肯く。
「第二段階を極めると、身体能力強化の出来も格段に上がる。そんな訳で、この領地では戦闘職の人もそうでない人も基本的に皆が日課として第二段階の鍛錬をしているよ。まあ、戦闘職の人たちは鍛えているから、強化せずともそもそもで身体能力が高いんだけど」
「そ、そうなんだ……」
「まだディアナは魔力が均一に行き渡っていないし、ところどころ穴がある。これは場所も取らないから、空いた時間で常にやることをオススメするよ」
「うん、分かった」
「私からは、このぐらいかな。またちょくちょく様子を見にくるよ」
「ありがとう!……ちなみに、第三段階は、どんな鍛錬なの?」
「魔力の移流。ようは、身体中に流れる魔力量を調節することだよ。例えば、こんな感じ。……分かるかな?」
じっと、ベティーナを観察する。
一見すると、何も変わらない。
暫く沈黙が続いて、次に口を開いたのは再びベティーナだった。
「今ね、体中に流れる魔力を特に腕に集中させているんだ。腕とその他の部位で、比率は大体八対二かな。これをなるべくスムーズにできるように練習するのが第三段階」
「……なんのためにするの?」
「戦闘職の人たちが、近接戦に備えて鍛錬するのが主かな。例えば走る時に、足に魔力の流れを集中させるとその分強化されるから、早く走れる。その技術は、殴る、蹴るだとかでも使えるらしいけど……正直、戦闘職じゃないからそれを応用した格闘術はイマイチ知らないんだ」
「そっか。……とりあえず、目の前の課題……魔力の流出に集中しろってことだね」
「そういうことだね。……それにしても、ディアナも頑張るな。クリスティンさんの手伝いをしてからの、鍛錬でしょ? 中々骨があるね」
「そう言って貰えて、ありがたいよ。元々、体力だけはあるからね。それに、まだクリスティンさんの手伝いって言っても、学んでいるところだし。もっと頑張らないと!」
「程々にね。それじゃ、またね」
「うん、また。ありがとうね、ベティーナ」
ベティーナが去った後も、私は鍛錬を続けた。
……それにしても。
改めて思うけど、アルトドルファー伯爵領は他領地どころか国を圧倒する技術を持っている。
この鍛錬方法然り、冷蔵庫然り、領政に関するあらゆる面でも。
私も実際この目で見なければ、信じられなかっただろう。
ともかく魔王騒動で、どうか余計な横槍を入れて眠れる獅子を起こさないで欲しいと、そう願うばかりだ。




